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■2009年5月15日号 <vol.130>
書評 ─────────────

・書評    竹井 信治   小説『頼山陽上下』 
              (見延典子著 徳間書店)

・書評    山本俊一郎  『オンリー・イエスタデイ』 
        (フレデリック.L.アレン著 藤久ミネ訳  ちくま文庫)

・書評    山本俊一郎  『シンス・イエスタデイー1930年代・アメリカ』
        (フレデリック.L.アレン著 藤久ミネ訳 ちくま文庫)






2009年5月15日 VOL.130


 

小説『頼山陽上下』
著者見延典子     出版社:徳間書店

竹井 信治    


 頼山陽については、私の郷里の景勝地耶馬溪の命名者として、地元では有
名であり、予てよりその人物像に興味があったものの、正直、江戸末期に「日本外史」をまとめ、その後幕末の各藩の勤皇の志士に多大の影響を与えたという程度のことくらいしか知らなかった。

 この本では、人間頼山陽が余すところなく描かれており、破天荒な自由人
としての天才の生涯をその周辺の人々との様々な日常の係わりの中で生き生
きと再現されている。彼の遠大かつ周到な事跡と奔放な生き方のコントラス
トが面白く飽きさせない。


 頼山陽の前半生は頼家の長男として生まれ、広島藩の侍講学者で全国的に
も著名な頼春水の後継ぎでありながら、今までにない日本の歴史をまとめた
いという大望を実現するため、京都に出奔してしまい、その結果、廃嫡とな
る。

 以後も度々自らの欲望の赴くまま行動し、周囲に大変な困難を齎すのであ
るが、筆者はこのような突飛な行動を「体内に巣食う石がうずく」という形
で表現している。この「石がうずく」度に、山陽が好き勝手に行動し、その
度、父春水や母梅し(しは風へんに思)、叔父の春風、杏坪さらには恩師の菅茶山等に多大な迷惑がかかるが、不思議と周囲の助けを得て、死ぬまで我儘を貫き通した結果として後半生の「日本外史」の刊行にまで繋がる。これは山陽の溢れる才能と憎めない人柄を皆が愛したことによる。また山陽をはさむ女弟子の江馬細香と妻梨影との関係も面白い。

 しかし、それにしても山陽を取り巻く多くの人物の多彩さ、田能村竹山、
浦上春琴、江馬細香、梁川星厳・紅蘭夫妻、篠崎小竹、北条霞亭、武元北林、末広雲華、小田百谷、岡田半江などその広さには眼を見張る。これら知識人、文化人、芸術家の多くが潤筆料等で何とか糊口をしのぎながら、詩、書、短歌は勿論のこと骨董や弄石趣味などジャンルを超えて互いに深く交わり、切磋琢磨して築いた高い世界は後世の我々よりもはるかに大きな精神世界、高い文化を共有している。

 まさに文化文政期の爛熟した時代、当時の日本の文化水準・教養の高さを
表している。
 本書の圧巻はやはり山陽晩年の病と闘いながらの日本外史の完成と松平定
信の管状を得て、山陽の名声が一挙に高まるあたりである。
 しかし封建社会の枠組みの中で、一市井人が武家通史や天皇記を書くこと
自体が通常ではあり得ないことであり、尊皇の立場をとりつつ、幕制批判が
周到に盛り込まれたこの歴史書が広く読まれ、そしてやがて幕末へと時代を
動かしていくこととなる。在野の視点で書かれて巧みな修辞法により日本全
体を俯瞰する躍動的な内容のこの本が日本人の歴史意識を目覚めさせた。や
はり時代のエネルギーとしか言いようがない。
 最後に、死期の迫った山陽が大塩平八郎の決起を諌める場面は印象的であ
るが、結局は、日本外史は大塩平八郎のみならず、山陽の死後、安政の大獄
で吉田松陰、橋本佐内、梅田雲浜等の命をも奪うことになる。

 


『オンリー・イエスタデイ』
著者フレデリック.L.アレン  訳:藤久ミネ  出版社:ちくま文庫

山本 俊一郎    

 この本は、著者の処女作で1931年に書かれた。大ベストセラーとなり、代表作でもある。
 著者は、1930年以前の10年間を「ほんの昨日のこと」ととらえ、その間に起きたさまざまな事象を記録している。

 第一次大戦で米国本土は戦場とはならなかったが、欧州に行った多数の男女は、帰国後に米国に新しい思想、ファッション、風俗をもたらした。思想的には、ロシア革命に刺激されたコミュニズム、社会主義、およびアナーキズムも出現し、「赤の脅威」と怖れられた。

 経済的には原野商法を思わせる’20年代半ばのフロリダの不動産バブルとその破綻もあったが、概して好景気で’29年にはその絶頂となった。

 舗装道路の建設増加、フォードによる自動車の大量生産、ラジオ放送の開始、航空機の実用化、および飛行船の登場などは技術革新の所産だった。リンドバーグは、大西洋横断飛行の最初ではなかったが、彼の成功は大変な人気を呼び、英雄となった。

 また、伝統的な考え方を嘲笑し、(膝下程度迄だが)スカートたけを短くした「フラッパー娘」も出現し、女性の喫煙・飲酒もこの時代に増加した。

 1917年にはちょっとした偶然から禁酒法が満場一致で議会を通過し、1919年には施行された。その結果、密造酒が造られ、またアル・カポネなどのギャングが登場することにもなった (禁酒法は’33年12月まで続いた)。陽気な時代も、大恐慌の発端となる’29年10月のN.Y.証券取引所での大暴落が始まり悲劇的結末となるが、それ迄は概して賑やかで刺激的な時代だったようだ。

 著者フレデリック.L.アレン(1890〜1954)は、マサチューセッツ州ボストンに生まれ、1912年にHarvard Univ.を卒業。翌年、大学院で名誉法学士号を得たのちThe Atlantic Monthlyなどの雑誌編集に携わりThe Century MagazineやHarper's magazineでは編集長として活躍した。ジャーナリストであるが、極めて広い目配りと羅列的でない記述、および歴史家の観察力・適切なコメントが特徴である。

 最初、この本は筑摩叢書として出版され、その後文庫に収められた。



『シンス・イエスタデイ−1930年代・アメリカ−』
著者フレデリック.L.アレン 訳:藤久ミネ 出版社:ちくま文庫

山本 俊一郎    


 この本は、著者が1920年代を「昨日」と捉え「オンリー・イェスタデイ」を書いた後、1930年代を「その後」としたもので、米国現代史に関心をもつ人の必読の書だろう。

 1929年のニューヨーク株式大暴落から第二次大戦勃発直前迄の約10年間の米国の政治、外交、経済、社会等々に亘る歴史を記録している。読み始めるとやめられない魅力がある。

 大恐慌は29年10月の株式大暴落に始り、大恐慌さなかには900万人といわれる失業者が溢れた。その後は時々景気回復を予感させても再び不況に陥る繰返しだった。当初はフーバー大統領(共和党)の在任時で、彼の悪戦苦闘にも拘らず有効な施策を講ずることができなかった。1933年、あとを継いだフランクリン・ルーズベルト(民主党)は、学者中心のブレーン・トラストを数多く登用、政策立案・実行に当らせた。全ての施策が有効だった訳ではないが、政府は最大失業者400万人を直接雇用して救済に努めた。

 ウィークデイを休日とすることも行なわれ、ワーク・シェアリング・土曜休日制などもこの時期に始った。AFL-CIOなど労働組合が力をもち始めたのもこの頃である。

 ルーズベルトは、偶然の幸運と彼自身の個人的魅力に助けられ、その後前人未到の3選を遂げる。

 彼のニューディールはTVA(=テネシー河域開発公社)などの土木事業で知られているが、失業者救済と電力開発を目的に始った。

 この政策は、政敵から社会主義・共産主義的と罵られ、保守的な議会や最高裁判所の強力な反対もあって、すべてが成功したとはいえない。ルーズベルトの施策は富裕層に厳しく彼等には憎まれたが、中間層・貧困層からは彼等の味方として支持を得て、その政策は基本的に1980年代レーガン大統領就任まで続いた。

 また、中西部では砂嵐による大規模災害に襲われ、小規模農家が大規模農業に吸収されていくなど、農業も多くの問題を抱えていたことは興味深い。
 GM、USスティール、ATT、スタンダード・オイル、デュポンなど巨大資本がウォール街の金融資本に頼らず資本調達、設備拡張を自力で行うようになったことも記録されている。それらの中に現在破綻の危機にある企業があるのは今昔の感がある。

 著者は、知的な雑誌として知られる"Harpers Magazine"の編集長を永く務めた。

 

 









 風薫5月ですが、今年は新型インフルエンザの影響でマスク架けの人も見られる昨今ですが、皆様方お元気にお過ごしのことと存じます。スペイン風邪がはやったのは1920年前のようですが歴史は繰り返す可能性もあり軽んずべからずということでしょうか。

 このスペイン風邪の後の時代のアメリカの歴史を記した”オンリーイエスタデイ”と”シンスイエスタデイ”の2本の書評を山本さんから立て続けにご寄稿頂きました。同一作家の時系列的な作品であり、また今の時代の参考にもなる歴史でもあり、これらの書評を同時に掲載させていただきました。
その関連で、今号で掲載する予定であった佐々木さんの私の一言 『介護待機老人をゼロに』を次号に延ばさせていただきました。お詫び申し上げます。

 ご多忙の中 、ご寄稿有難う御座いました。(HO)








 
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