2004年5月1日 VOL.9
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■書評
・『蛇にピアス』─
さとうとしお
・『六つの国歌を歌った人の住む国』─
矢野 清一
■映画評
・『列車に乗った男』─
クレマチス 尚美
【私の一言】『海外から見る眼』岡田
桂典
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さとうとしお
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改めて言うまでもなく、今年の芥川賞、話題の受賞作である。
若い女性が舌にピアスをつけるとか、背中に入れ墨をする話が展開される。文章も構成もしっかりしていてテンポもよく、なかなか読ませる。私には想像もつかない人々の世界である。
小説を書くのには、素裸で街を歩くほどの気持が必要だと言われているが、それにしても大胆な作品である。
作者は私より六十歳も若い女性だ。私の孫がもしこのような小説を書いたら、どんな気持になるだろう。芥川賞を受賞したと喜んでだけではいられまい。見知らぬ他人が書いたものだから読める。「チャタレー夫人の恋人」の裁判があった時代は遠い遠い過去になった。作者が今後どう成長するのか見守りたい。
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『六つの国歌を歌った人の住む国』
著者:岡田桂典 出版社:東京図書出版会
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矢野 清一
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この本は、シンガポールという国とそこに住む人々のことについて書かれた本である。著者は、日本の大企業で仕事をしていたが、その内に、日本企業や日本社会の壁・制約に飽き足りなくなって、20年近く前からシンガポールで、自営業を営んできて、その間に体験して得たものを纏めて本にしたものである。政治・経済・社会・人など多方面にわたる事柄が書かれている。
今年に入って、経済もやや持ち直してきているというデータが出てきてはいるが、日本では、10年以上にもわたる長いバブル崩壊のプロセスで苦しんできた。この本を読むと、シンガポールの政府当局や人々も、建国以来幾多の苦難に直面してはきたが、色々な問題をうまく乗り越えて解決してきた事が良くわかる。また、所謂「華人」の考え方や行動も日本人との対比で説明されていて、分かり易い。
この本を読んで感じたのは、日本人も政・官・財・学、すべての分野で、従来と同じ事をやっていたのでは、将来の展望は見えず、新たな視点での考え方や行動を、直ちに起こす事が必要ではないかという事であった。
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『列車に乗った男』 ル・シネマ
2004/4/10公開
監督:パトリス・ルコント
出演:ジャン・ロシュフォール/ジョニー・アリディ
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クレマチス 尚美
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“人生を変えてみたい”主人公の男二人はそう思って人生を送って来ました。余計な色彩や登場人物のいない、孤独な男対男の物語です。
フランスのさびれた田舎町、内面は悶々としながらも結局は枠からはみ出ることなく、教育者としての人生を勤め上げた孤独な老人マネスキエと、人生に疲れた流れ者、アウトローな中年男ミランが偶然に出会い、共に語り合って行くうちに束の間でも別の生き方を味わい、それを想うようになって行きます。
二人の交流はぎこちなくも無理がありません。
人生も後半になると、「ああすればよかった、もしかしたらまだやり直せるかも知れない」と一度は思うものです。
ラストシーンは正反対の人生を送ってきた二人がこれまでの生き方を交換、ミランはマネスキエのように殺風景な屋敷で静かにピアノを弾き、マネスキエはかつてのミランのように列車で何処かへと旅立って行きます。
これを死によって手に入れたお互いの夢、幻と認めてしまったら、孤独な二人の人生は今まで以上に寂しく、切ないものになってしまいます。
もうひとつの人生を生きたのか、やっぱり願望だけで死んでしまったのか。
私たちの受け取り方しだいでは?
──── こんなアンケートがありました
人生最後の数日間に誰かの人生と乗り換える事が出来る列車があったなら、
あなたはその列車で誰の人生の終着駅へと旅立ちたいですか?
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