2005年2月15日 VOL.28
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■書評
・『シベリア鎮魂歌 ― 香月泰男の世界』― 堤 貞夫
・『東方検便録』― 福島 和雄
【私の一言】『どっち mo どっち』 高橋 紀元
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『シベリア鎮魂歌―
香月泰男の世界』
著者:立花隆 出版社:文芸春秋
2004.8
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堤 貞夫
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第2次大戦を中心とする「昭和史」については私の関心領域で、いろいろの本を読んだが、満州の日本人60万人が、なぜシベリヤに連れて行かれねばならなかったのか、日本政府、日本軍はどのような交渉をしたのか、満州引揚者の私として、納得のゆかぬ気持ちがずっと続いていた。
今回、立花隆の研究は、この疑問に殆ど答えてくれると共に、ユニークな日本画家として著名な香月泰男氏の27年間の連作57点の図版と内容の解説によって、シベリヤ抑留生活の実態を深く伝えてくれる。
そもそもこの本の成り立ちは、約35年前、立花氏がまだ東大哲学科に再入学した29歳の学生時代に、香月康男氏のゴーストライターとして、一点一点の絵の生まれてくる背景を聞き、文章化したものから始まっている。
――「私のシベリヤ」1970.文芸春秋刊。1984.筑摩叢書。
その後、NHKが立花氏を起用して数回にわたり現地を取材し、「シベリヤ鎮魂歌」として放送されたもの、及び、「香月泰男のシベリヤ」として同氏が講演したものが、図版とともに今回まとめられたものである。
私の疑問であった、シベリヤ抑留のプロセスをここで説明する余裕はないが、当時、ソ連の収容所群島状況や、米ソの日本占領を巡るつばぜり合いの事実など、歴史資料としても一読をおすすめする。
香月泰男氏はその悲惨な体験を、回想しては一点描き、一点描きする中で、ルオーの絵を見るような宗教的境地に入ってゆかれた。中世彫刻・絵画の受難像を思わせる「香月泰男の顔」は、その後香月氏が出会ったロマネスクの中世彫刻と東洋画の伝統との融合の上に出来上がったものである。
山口県立美術館でじっくり実物を見る機会を、是非得たいものである。
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『東方検便録』
著者:斎藤政喜 イラスト/内澤旬子
出版社:文春文庫
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福島 和雄
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この本は実に面白い本である。どんな立派なガイドブックでも、ホテルや料理に関する情報は充実していても、その地域での人間の排泄に関する情報は掲載されていない。例えばインドではトイレで紙を使わずに、水で処理することは一般に知られている。しかし具体的に水をどれくらい使い、手をどう動かせば良いかについては、ガイドブックには書いてない。同じように水で処理するインドネシアでは、少し方法が違うようだ。
著者は中国天安門広場にある穴トイレ、サハリンのキオスク内のバケツトイレ、インドネシアのリサイクル式魚トイレ、ネパールの枯葉トイレ、インドのマハラジャ用屋上トイレ、タイの放牧型のブタトイレ、イランの方向厳守トイレ、韓国のゴミ箱付きトイレなど、アジア8カ国のトイレ事情を、イラスト入りで詳しく紹介している。ほんとうに所変われば、品(トイレ)変わるである。
アジア各国の習慣、宗教観、恥の意識が良くわかる。
私も数年前中国で北京郊外の公衆トイレに行った時、仕切りがなく長方形の穴があいている全方位開放型なのにはびっくりした。隣の人の動作が丸見えなのだ。中国の人はあまり気にしていないようだ。しかし中国も北京オリンピックに備えて、都会の公衆トイレは改善しつつあるようだ。日本でも水洗トイレが本格的に普及し始めたのは、昭和30年代からである。それまでは汲み取り式のいわゆる「雪隠トイレ」が主流であった。現在水洗トイレで処理しているのは、世界で3割程度だそうである。その他多くの国は限られた地上資源の樹木を原料とする紙など使ってないのだ。下水にタレ流してもしていないのだ。最近はやりの言葉「地球にやさしい」はアジアの多くの人たちは、昔から実行し、これからも実行するであろう。
著者の言うように「もの出す人々」から見たアジア考現学である。
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