この本は、「甘え」の構造、の名著によって、日本人には当たり前に思われるこの感情の概念を心理学者として取り上げ、日本人の特徴を見事に説明された土居健郎先生が、長崎純心大学で最近行われた3日間の連続講演を、質疑応答も含め一冊にまとめられたものである。
最初の本のベストセラーぶりは、例えば私の持っている「甘え」の構造の本は昭55年版だが、昭46年初版以来10年間で実に124刷と奥付にあることからも分かる、というものである。
土居先生は、日本語で「甘える」という言葉が欧米語には存在しないことに気づかれ、そのことから日本人の特徴である、もたれあいの感情、習慣、の源泉に「甘え」の概念があるという構造と、適度の「甘え」が人間の信頼関係の基礎にあることの意義を解き明かされたのである。
今度の本は大学における講演なので、土居先生のお話とともに思想の歴史をたどりながら、改めて分かりやすく「甘え」を理解することが出来る。初版以来35年を経た現在、「甘え」の概念は世界的にも広く受けいれられ、人間に共通の感情として通用するようになったが、一方、日本の最近の社会事象から推量すると、前提としている環境が大きく変化してきているのではないだろうか、これが現代の最も危険な徴候であると、今回の講演で指摘されている。
つまり、個人の自立が強く求められ、お互いにもたれあっていることは悪いことだという感覚が強くなりすぎた結果、ぎすぎすした短期成果主義に偏ったり、甘えが成立しない関係が、幼児の虐待などの社会的病理現象の原因になっているのではないかということである。
本来、「甘え」の基本には、母親に対する幼児の甘えと同じで、基本的な信頼感が根底にあるので、普通に甘えそしてしつけられて成長することがその後の健全な人間関係を作るのである。
ところが、「甘え」の経験を持たずに成長した母親は、自分の子供が甘える根本が理解できず、甘える子供が我慢できないために、対極にあるねたみの感情に転化し、子供を虐待する。
学校におけるいじめ、企業でのおもねり・へつらいが増えていることも、「甘え」が拒絶される結果、ひずんだ形で感情が出てくる現象である、と説明される。
これに続いて、最近多くなっているこころの病気は、医者に対する甘えを自ら拒否するという人間関係、すなわち、親子関係に甘えとしつけの経験がないという欠陥がある結果であること、信仰の中にある甘えについて、など、興味ある説明がなされている。
精神医学を通じて、現在の人間関係の病弊にすこし近づいたように感じられる本です。
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