東日本大震災が勃発し、福島原発事故が発生したことで、わが国のエネルギー問題が極めて身近なのものになった。放射能の拡散、計画停電、風評被害、更には『再生エネルギー法』の制定などの話題が連日新聞紙上を賑わせているのに比例して、日本における今後のエネルギー対策が、極めて複雑且つ困難な政治・経済的問題として、俎上に上っている。
評者も、早速何冊かのエネルギー関連図書を入手して読んでみたところ、なかでも2010年に、米国の資源・エネルギー問題専門ジャーナリストが著したこの本から最も強い刺激を受けたので、ここに短評してみたい。
先ず本書は、最新の『米国』のエネルギー問題を真正面から取り上げて、『環境に優しい』ことを前提に、膨大なデータを駆使して、エネルギーに関する政治的、経済的、技術的条件を分析、評価して、今後における『米国のエネルギー問題』の解決方向としては、N2N(後述)指向が最善であると提言しており、このような観点から、日本の今後におけるエネルギー問題の検討に参考になる考え方が多いと考えられる点に、本書の意義があるとみる。
先ず、本書の特徴は『エネルギー密度』、『パワー密度』、『コスト』、『規模』という4つの尺度の下に、石炭、石油、天然ガス(以下、NGと略称)、風力、太陽熱、バイオマス、原子力の各発電方法を評価している点である。
ここでは、本書で展開されている難しい科学的概念の定義は別として、エネルギーとは、石油=バーレル、石炭=トン、天然ガス=m3などの尺度で測られるもの、パワーとは、ワットや馬力で測れるもの(パワー=エネルギー/時間)であるとする。そして、パワー密度がより高く、比較的安価で、必要とする莫大な量のエネルギーを提供できることに加えて、大気汚染の元凶とされるCO2の排出量も少ないという条件の下で、『米国』の今後における電力というパワーを求める『エネルギー政策』は『N2N』、Natural
Gas to Nuclearに集約できると主張する。即ちN2Nとは、短期的には、20世紀末から21世紀初めに発見されたシェール層(浸透率の極め
て低い岩層)から絞り出すNG(原油換算3.500億バーレル以上の埋蔵量と推計)を使い、長期的(今後20年から40年にかけて)には、原子力へと移行していくことが、経済に対する悪影響は最小限に留める一方、環境的な利点が大きく、後悔することのない最適の政策方向であると、本書は主張する。
そして本書では、上記4つの尺度に基づき、上記発電方法の各々を評価しているが、この総てについて言及すると冗長になるので、以下、本書の主たる主張の一部を極端に要約してみよう。
先ず、狭い土地空間、許容できる値段で、大量の熱エネルギーを生み出せる石炭、石油の消費量は、米国では、1973年から2008年間に、前者は何と73%増(世界:
109%増)、後者は8%増(世界:43%増)を示し、そして米国では、08年で、一次エネルギーに石炭が占める比率は約29%、また石炭火力は、未だに総発電力の約48%を占めている。このように固・液体炭化水素、特に、現在でも石炭の消費が著しく大きい理由は、専らその『低コスト』にあり、この意味で、大気汚染、重金属汚染などによる犠牲は大きいものの、低コストの『代償』の一部として受け入れられているという。
次に、太陽熱・風力・地熱発電などの所謂『再生可能エネルギー』についての本書の主張は、先ず、『環境に優しい』エネルギーとは、『自然界をかき乱すことは、最小限にと止めるべきだ』というところにあり(この種エネルギーは、設備の設置に広大な土地を必要とする)、更に上記尺度のうち、この種エネルギーは特にパワー密度(単位面積当りの発電量)
が小さいことが、最大の欠陥であるとしている。風力発電を例証として、その他の問題点を列挙すると;
(1) 電力需要に応じて風を吹かせる訳にはいかないという意味での、 風力発電の断続性
(2) 従って、従来型発電によるバックアップが必要となる
(3) 風力発電設備周辺住民から風車の騒音問題が発生している
(4) 高圧送電設備および大規模な蓄電装置の新設を必要とする
(5) 風力発電設備などに使われる磁石などの希土類元素資源は、世界で中国のみが殆どを独占している
(6) 鳥類が風車に衝突し、風力発電設備容量1メガワットにつき、 年間1〜6羽が死んでいるという
(7) 2007年で、米国の総発電量に占める風力発電量の比率は僅か0.19%、デンマークが13.4%であったが、同国では、炭化水素を原料とする発電量はなお75%を占める
などが、米国や、国是として風力発電を推進したデンマークなどの具体例に基づいて挙げられている。
なお、太陽光発電の問題点も、風力発電と似たり寄ったりであり、更に、よりクリーンで『再生可能』なパワーを提供できるエネルギー源として、地熱発電を挙げているが、米国でも、未だ総発電量の1%に満たないという。
以上、一次エネルギーに占める石油の地位は、価格の高騰もあって漸減しつつあり、石炭は、低コストの故に途上国などでの使用はやむを得ないとみられ、『再生可能エネルギー』源も問題累積とすれば、脱炭素化、CO2排出量の削減、石油・石炭資源ピークへの懸念などに対応する、長期的な一次エネルギーの転換方向としては、上掲N2Nしかないとするのが、著者の主張である。
次に米国では、数年前までは、NGは枯渇しつつあると信じられていたが、21世紀に入る前後に、シェール層(浸透率が極めて低い岩盤)からNGを採取する『水平掘削技術』、『水平坑井への多段階水圧破壊技術』というようなNG掘削技術の『革新』があった結果として、米国のNG埋蔵量は約2千兆?3以上になると推定され(イラクの石油埋蔵量の約3倍に当るとのこと)、その生産量および消費量は急増しているという。
米国のこのようなNG事情を受けて、現在、カナダ、ロシア、中国、インド、オーストラリア、その他諸国でシェール層NGが発見されて、NG市場が急速にグローバル化しつつあるという(08年で、少なくとも41ヶ国で、日産10億?3以上のNGを生産しているとのこと)。このような訳で、日本も含め、NG貿易の急増、同発電設備の増強は、当分の間、世界の趨勢となりつつある。
最後は、原子力発電の評価である。本書は、福島原発の事故前に執筆されたものであるが、筆者の意図を酌めば、事故後に書かれたとしても、恐らくその主張には殆ど変わらなかったであろう。
その根拠は、以下のような原子炉関連技術開発の将来展望にある。即ち第一に、原子力発電は、パワー密度が最も高く、石炭・石油の総発電に占める比率を低下させる唯一の常時稼働電力源であり、第二に、確かに原子力発電は設備費は高いが、その他発電設備との長期的な原料費、償却費や操業率などを含む総合比較が
必要であり、第三に、原子炉固形廃棄物の処理は、フランス(最近、廃棄物処理所で原因不明の小爆発があったが)、ロシアや日本などで技術的に高度に発達しつつあり、第四に、将来的には、従来型よりも、安全性とパワーとがより優れている、新しいデザインの大型原子炉も開発途上にあり、更に、原子力艦の技術を応用して、コストが安く、モジュール化した、液化ナトリウムで冷却する地下式小型原子炉が、東芝や米国企業などでテストされているなど、筆者は、将来における原子力発電の優位性を、自信を持って主張している。
以上、米国ではN2N、即ち、当面の一次エネルギーの主役はシェール層NGが担うべきであり、20〜40年先の長期的視点からは、技術的に進歩した原子力発電を主流にすることが、米国の最も現実的な長期エネルギー政策であるとしている。
このような結論については、エネルギー問題については全くの素人である評者には、批判もコメントもできない。ただ、素人でも提起できるのは、以下のような問題である。即ち、天文学的な埋蔵量が発見されたシェール層NGという、豊富で低廉な近未来一次エネルギー資源が発見された米国などとは違い、わが国は、今後共にNGなど炭化水素源の総てを輸入に俟たねばならない上、『再生可能エネルギー』も、主としてそのパワー密度が小さい故に、到底、大宗的な発電設備としての地位を確立し得るとは考えられず、更に福島原発事故以来、原子力発電は危険過ぎて、新設は愚か、既存設備の稼働も絶対反対という国を挙げての大合唱の下で、今後、環境に優しく、しかも経済的に優位で、大容量の電力を供給できるような、わが国の『長期的エネルギー政策』を、どのようにして組み立てていくかという大難問である。