著者は、37歳の誕生日を迎えたとき、自分はこれから人生の後半期に入るのだと考え、一念発起して本書を書き始めたという。
ところで、老人になると、人はわがままになったり、時には怒りっぽくなったり、いたずらに昔は良かったと懐かしんだりする。しかし、自分では老人特有の兆候に気がついていない。それだけに、分別盛りの40歳前後の視点で老人を観察して書いた本書には、老人になってからでは気のつかない客観性が認められ、私自身も、自分の戒めにしなければならないと痛感する。
例えば、本書の冒頭に、次のような文章がある。
「他人が何かを『してくれる』とか、『くれる』ということを期待してはいけない。そのような受身の姿勢は、若いときには幼児性、年をとってからは老人性と密接な関係を持つものだからである。」と書き起こし、「『してくれる』ことを期待する精神状態は1人前の人間であることを放棄した証拠である。」そして「放棄するのは、自由だが、1人前でなくなった人間は、精神的にも社会に参加する資格も失い、ただ労わってもらうという1人前の人間にとっては耐えられぬ一種の『屈辱』にさらされるものと自覚すべきであろう。」と論断している。
この様に、老人の陥りやすい陥穽を次々と指摘していくが、一方、戒めもあげていることに特色があり、非常に参考になる。
しかし、本書で一番素晴らしいのは、“あとがき”である。
「私は、このごろ晩年における4つの必要なことは、『許容』と『納得』と『断念』と『回帰』であろうと思うようになった。すなわち、この世に起こりうるすべての善も悪も、何らかの意味を持つと思えることが『許容』であり、自分の身に起こったさまざまのことを丹念に意味付けしようとするのが『納得』である。また、望んでも与えられなかったことがどんな人間の生涯にもあり、そのとき執着せずにそっと立ち去ることが出来れば、むしろ人間はふくよかになりうると思えることが『断念』である。そして、『回帰』は、死後どこへ還るかを考えることである。死後は無でもいいが、還るところを考えないで出発することは愚かしい。」
この含蓄に富んだ4つの言葉を、反芻する機会を与えられるだけでも、本書を読む価値は大きい。
|