若い友人から「これ面白いですよ」と薦められ、「まあ、ともかく騙されたと思って1冊読んでみてくださいよ」 と念押しされたのが読書の始まりである。
読む前は、少年少女向けの青春友情物語か、血と涙のスポーツ根性ものか、と決めてかかっていたがそうではない。
わかりやすく、すらすら読めるが、単なる児童文学の領域を超え、大人が読んでも面白い。舞台となる地方小都市の自然の描写もいいし、子供たちの会話のやり取りも含蓄があり、人生の酸いも辛いも経験した者の吐く警句さえところどころにある。
主人公、原田巧は中学校1年生。投手としての才能は異常であり、一種の天才である。何のために野球をやるのか。チームのためでも、学校のためでもない。自分を磨くための手段でもないし、名声を得るためでもない。ただ投げたいのだ。納得できる投球をしたいのだ。
「そうだ、本気になれよ。本気で向かってこい。関係ないこと全部捨てて、おれの球だけを見ろよ」
この態度のためにジコチュウだ、と非難され、チームメイト、監督、学校教師ともぶつかる。読者である私でさえ、「巧!。ひとこと『済みませんでした』。『これからもよろしくお願いします』と言ってしまえばいいじゃないか」 とトンと背中を押したくなる。
読んでいるうちにイチローや中田の若い頃を思い出した。彼らも天才である。周囲に合わせて、妥協することができず、いつも摩擦を起こした。天才はストイックであり、孤独であることが宿命なのだろう。
巧のただ一人の理解者は弟、青波だけである。病弱で繊細な弟は兄を崇拝し、いつか自分も兄のような強い投手になりたいと願っている。この弟は実に可愛く、作中の清涼剤である。
物語は5巻、中学1年生を終えたところまでである。作者、あさのあつこは第6巻を執筆中らしい。原田巧がその後どんな変貌を遂げるか、早く知りたいし、楽しみである。ここでもWBCのときのイチローやワールドカップの中田と2重写しになる。
若い友人から教えられなかったら、多分永久にこの本に出合えなかった。定年後は同年輩の者とばかりではなく、自分より若い人とのつきあいも大事なことだと思う
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