2004年2月15日 VOL.4
|
■書評
・『クレーの天使』─ 河西孝紀
・『浦島太郎』─ 川井利久
・『見える日本、見えない日本 養老孟司対談集』─ 茅野正子
|
|
|
『クレーの天使』
著者:paulklee
& 谷川俊太郎 出版社:講談社 価格:1,500円
|
|
|
河西孝紀
|
クレーは先祖に音楽家を数々出した家系の子として生まれた。
クレーも音楽の才能を受け継ぎ彼自身、極めて才能のあるバイオリニストであった。従って、彼が画家になるか、音楽家になるか決めかねていた時代があったという。こんな生い立ちが彼の作品に音楽的なものを強く感じさせる要因になっているのではないかと思う。
また詩と文学にも興味を持ち、ポー、ボードレール、パイロン、ゴーゴリ−等を熱心に研究した。これらの作家の共通性は哲学的でありながら、叙情的な要素を持っている事であり、この影響をクレーの作品の随所に垣間見る事が出来る。
そんなクレーの世界の中にいろいろな「天使たち」を登場させ思索の彼方の世界を追い求めている様に思われるのがこの本である。
「天使たち」の絵に添えてある谷川俊太郎の詩も「ひらがな」であるが故に読めば読むほど奥が深く感じられ、読む度に新たな世界が拓ける。
この本は読み通すものではなく、座右に置いて気の向いた時に2.3頁開いて、心を洗い、瞑想にふけるのによい。
この本の中で最も好きな詩「泣いている天使」を独断と偏見で選んだのでご一読願いたい。
まにあうまだまにあう とおもっているうちに まにあわなくなった
ちいさなといにこたえられなかったから
おおきなといにもこたえられなかった
もうだれにもてがみをかかず だれにもといかけず
てんしはわたしのためにないている そうおもうことだけが なぐさめだった
なにひとつこたえのない しずけさをつたわってきこえてくる かすかなすすりなき…
そしてあすがくる
|
|
『浦島太郎
考』
お伽草紙
著者:太宰治
出版社:新潮社 価格:514円
|
|
|
川井利久
|
幼い頃に聞いたお伽話には永い時空を超えた深い寓意が隠されている。
お伽話を語る側になって、それを見つけてひそかにうなずいている。
浦島太郎は亀を子供達のいじめから救ったお礼に龍宮城に招待される。
乙姫さまの歓待に時の感覚をなくしてしまう。
里心がついて、故郷に帰るときに、乙姫さまから玉手箱をおみやげに貰う。
帰ってみると、ほんのしばらくと感じていた龍宮城の滞在は幾百年にもなっていて、旧知の村人達は皆、死に絶えていた。途方に暮れて玉手箱を開けると、煙が出てきて太郎は白髪の老人になると言う物語である。子供の頃、乙姫さまはなぜ、いい事をした太郎にあんなみやげを渡したのか不思議に思った。別れ話に感情を害したのかと思っていた。
最近、世の中の動きに何かしっくり行かない事が多くなってきている。
この頃の若い人の礼儀作法、義理人情、価値観、流行歌、映画、どれも気にくわない。
男が男らしく、女が女らしかった溌剌としていた我々の時代。思いやりや奥床しさにあふれていたあの時代。時代の流れは変化している。現代を昔流の生き方では生きられない何かがある。若い人が悪いわけではないが。
もし太郎が若いまま時代の異なる人々の中で余生を生きたなら、おそらく不幸だったのではないか。
乙姫さまは正しい選択をした。太郎にとってベストのおみやげがあの煙だった。
60有余年を経て、玉手箱の意味が解かったように思うこの頃である。
|
|
『見える日本、見えない日本 養老孟司対談集』
著者:養老孟司 出版社:清流出版 1,300円
|
|
|
茅野正子
|
この本は、続々とベストセラーを出し続けている養老孟司氏が第一線の著名人15人との対談をまとめたものである。専門分野の識者それぞれの言葉には、日本人として何の疑問も抱かずに暮らしていることを振り返らせる見方、感じ方、捉え方がぎっしり、小説とは異なる魅力がある。
後記のような内容であるが、中でも人工中絶と脳死に対する生命尊重の度合いが異なる理由や、帰属本能をユニット構成したような日本の群れ社会、香道はあっても香りを醸成できない食文化、行政が95%とりしきってきた日本社会…などへのメスがバッサバッサと振り下ろされる。自分の中の日本に気付かされたり、グローバル化が進む時代を生きる道標として興味深い1冊である。
○荒俣宏―混ざる文化・混ざらぬ文化
○奥本大三郎―虫を愛でる日本人の自然観
○田崎真也―香りの認識のメカニズム
○酒井忠康―日本の景観とパブリック・アート
○藤原正彦―数学と日本的美意識
○水木しげる―無意識に身を任せる
○横尾忠則―魂の復権
○岸田秀―現実とは脳が作り出した産物
○中村桂子―“個”を救済する新たなシステムを
○上田紀行―疑似“癒し”からの脱却
○大石芳野―ベトナムの森に思う
○池内紀―言葉の壁を超えて
○ピーター・バラカン―メンバーズ・クラブの国、日本
○阿部謹也―“世間”から飛び出して生きる
○黒川清―“本気”のスピリット
|
|