日本人は、『昆虫』が好きだといわれている。そして、昆虫の採集者も多い。評者の恩師、福岡正夫慶大名誉教授は、88才の現在でもなお、インターネットや旅行でチョウの新種を収集されているという。そのような日本人が読んだ昆虫に関する著書としては、ファーブルの『昆虫記』が最も有名であろう。評者の経験では、大昔に岩波文庫の林 達雄訳で読み始め、途中で止めた記憶があり、また2005年暮れから発行された、奥本大三郎訳の『ファーブル昆虫記』は、注や絵なども至れり尽せリの本だったが、第6巻下まで読んだところでギブ・アップしてしまった。非常に面白いのだが、延々と続く観察結果は詳細過ぎ、かつ情緒が豊か過ぎて、いい加減でいやになったのが、その原因だった。
今から考えると、『ファーブル昆虫記』は、彼が18年間にわたり極めて綿密・詳細に特定の昆虫の生態を観察した記録であり、現時点で評価すれば昆虫の生態に関する文学的、情緒的な作品だったともいえよう。しかしその後、昆虫に関する研究は、約4億年前に誕生した極めて特徴的な6本足の節足動物に対するあらゆる角度からの研究が進み、今では精々700万年程度の歴史しかないヒトが、生物学上の大先輩である昆虫類の知恵・能力を学んで、その基本的な役割としての食物連鎖の外、環境保全、情報処理や医薬品などにも続々と活用されつつあるという実態は、進化論に否定的だったファーブルは恐らく想像さえしなかったであろう。
本書は、京大農学部教授で『昆虫生態学』を専門とする著者が、昆虫に関する研究はここまで進んでいるということを、素人向けに関心を惹くテーマを中心に、分かり易く概論した上で(特に、昆虫の変態化、配偶システムの合理性などが面白い)、それを前提として、ヒトと昆虫との係わりについて、特に現在の人たちが悩み苦しんでいる自然との接点を巡る難問につき、昆虫の能力や行動などに示唆を得ながら(例えば、食物連鎖の支持、温暖化の指標、遺伝子組み換え植物との関連など)、解決の途を探りつつある現状を展望している。従って、この本の前半分はやや『題名』の趣旨から外れた内容となっている。しかし後半は、昆虫とBiomimicry(『生物の天分を意識的に見習う、自然からinspirationを得た技術革新』)という形で、現状および今後のこの種研究テーマ(例えば6本足のロボット、トンボの翅を模倣したプロペラ、スズメバチから脂肪燃焼ドリンク、癌の進行を遅らせるヤママユの休眠物質など)について言及している意味で、『題名』の『未来学』に相応しい内容となっている。
時には、このような自分にとっては全く未知の分野に係わる本を読むのも楽しいものである。