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2006年3月15日 VOL.54

 

 

『三四郎』
著者:夏目漱石   出版社:新潮文庫  

河西 孝紀 

明治の作家で後世に残るのは先ず漱石と云われている。
そこで誰もが一度は読んだと思われる漱石三部作の一つでストーリー性のある「三四郎」の読み直しをお奨めしたい。
「三四郎」は近代的で官能的な女主人公美禰子に対する野々宮と三四郎との男女関係と若い三四郎の心の揺れを描いた青春小説、心理小説と云われている。また、推理小説の様に伏線が随所に張り巡らされており、これを読み解くのが面白い。 例えば、冒頭に近い部分の「池の女」美禰子が池のほとりに登場するドラマチックなシーンは物語の展開から結末に至る迄の大きな伏線となっている。
一方では鋭い社会批評も行っており、漱石がモデルと云われている登場人物「広田先生」に「日本は滅びるね」と日本の将来を予見した過激な発言をさせている。(「三四郎」は日露戦争 の直後、明治41年 朝日新聞に掲載)
漱石は優れた英文学者の顔を持ち、絵画、建築に対する造詣が深く、漢籍に長じ、江戸趣味の人で落語にも精通していたと云う博識を余す処なく発揮している。
歳をとって改めて丁寧に読み込んでみると,若い頃見えなかった物や、行間,紙背にある漱石の思想や哲学が些かなりとも読み取れ、底知れない深みを感じさせられた。




『絵画の見方買い方』
著者:瀬木慎一   出版社:新潮社  1987年発行
矢野 寛市 

 絵は売れないものだといふことが、絵を描く人の間でよく言われる一方で、一部の現代作家の絵が、驚くような高い値段で売られており、このギャップの大きさに戸惑っている人は少なくないと思われる。これは、わが国特有の構造的問題に起因していると思われ、長い間美術社会学の領域に身を置いて来た著者が、正面からこの問題に取り組んでいる。更に、オークションのこと、鑑定のことなど、絵の売り買いに関するあらゆることについて記述し、更にはわが国の美術界のあり方にまで言及しているなかなかの労作である。
 わが国には、江戸時代に起源する美術商の組合があり、この組合のメンバーが、毎年業者で取り扱う作家を選定しているようである。その数は300人位であり、一方美術商の数は3,000もあるので、選ばれた作家の絵は必然的に高騰する結果になる。
 絵の値段は流動的であり、将来の保証がないので、絵を買った人には、売った値段で買い取る必要があり、買い戻した絵は、必ず同業者に損をしない価格で売れないと具合が悪いので、このような仕組みが出来上がっているようである。
 日本の画家の数は3万人位のようであり、大多数の画家は絵を売るだけでは生活出来ないことになるが、これらの画家の中には優れた芸術作品を描く人も多いと思われる。画商が取り扱う絵は、芸術的な価値が高いだけでなく、多くの人に受け入れられる類同姓が必要である。300人の中に入れなかった画家の個展とか、グループ展にいけば、廉価で良い絵を買うことが出来る可能性がある。個性の強い画家は、往々にして死後有名になる。岡鹿之助は今、最高値がついているが、生前、号2、3万円で買えた時もあったようである。






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『アメリカ便り(8)─── 道具と文化』
濱田 克郎
 一昨々年、フィラデルフィアの郊外に引っ越してきて以来、家(建物)の内外のことはたいてい自分でするようになった。一例を挙げれば、内外のペンキ塗り、窓枠の修繕・補修、ドアの取り付け、地下室の改修、天井張り、壁張り・床張り、本棚・椅子・キャビネット・タンスなどの家具の製作、簡易水道工事などである。
 安物ではあるが(安価なものはブランドに関係なく殆どメイドインチャイナ)いろいろな道具を揃えた。道具と時間とやる気さえあれば大抵のことは自分で何とかできるというような大きな気分を持つまでにいたっている。電動工具はともかく、手動工具の中で、鋸、鉋だけは日本から持ってきたものを使っている。こちらで売っている鋸にしても鉋にしてもどうも使いにくい。何れも押すときに切れる構造になっており、力強く、速く切ったり削ったりするのには向いているのだが、丁寧にきれいに微妙なコントロールを必要とする作業には使いづらい。自分が持っている日本の大工道具は20年前のものであり、いつかは買い換えなければなあと思っていた矢先、自宅にアメリカの通信販売会社から大工道具のカタログが届いた。中をぱらぱらめくってみると日本の鋸や鉋が掲載されている。説明を読むと、引いて使うのです。微妙なコントロールを必要とする時に最適と書かれている。木工、DIY関連の雑誌を見ても少数ではあるが、日本の道具の利点を褒める記事も掲載されるまでになってきたようだ。
 道具は人間が長い歴史の中で夫々の生活に必要なものを工夫しながら作り出したものである。使い易さ、効率、美しさなどいろいろな要素が混ざり合って今の形になったものであり、夫々の道具はそれが使われている文化を反映しているといっても良いであろう。
 鋸や鉋に限らず、ナイフで物を削るとき、マッチで火をつけるときなど、外に向かって使った方が大きな力を出すことができる。自分を傷つけることの心配は少ないが、そばに誰かいた場合その人を傷つけることになりかねない。引いて使う道具に慣れた人が使うときにはなおさらである。
 どうも世の中のできごとを見ていると、物事の発想ないし行動のベースには、この道具と文化との関係が反映されているように思えるし、或いは逆に使う道具によって行動や思考の様式が影響されることがあるのではないか(話を飛躍させて、武器を想定するとなおさら)と思うこともあるのだが考えすぎだろうか。




 
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