筆者は、社会人となって未だ間もない時期、昭和30年代半ばに当時勤務していた会社の社命により、台湾に駐在を命ぜられ、爾来、昭和54年までの間に3回、合計約15年間の長きにわたって同地に駐在勤務していた。
最初の赴任当時の台湾は、蒋介石率いる国民党政権が大陸から逃れてきて、国民党政権が統治していた時代であり、未だ第二次世界大戦後の影が強く残っていて、日本人駐在員も表面的には見えない監視下に置かれており、かなり窮屈な時代であった。ただ、筆者にとっては、生まれて初めての海外生活であり、又、当時から親日感情の強かった現地の取引先企業の方々や、現地の同僚に暖かく迎えられ、それなりに楽しい駐在生活であった。当時お付合い戴いた方々も、現在では筆者同様、或いは遥かにそれ以上のかなりの年配に達しておられ、半数以上の方々が既に他界されているが、ご存命の方々とは今に至るまで親しくして戴き、台湾と聞くと一入思い入れが深くなり、未だに忘れられない海外の一つである。
昨年末、台湾に同時期に駐在していた仲間から、紹介されて読んだのが、この本である。
著者の門田隆将氏は、ノンフィクション作家として、今までも多くの著作を出しているが、どの著書を読んでも、常に徹底的な事実の調査をしており、あくまでも真実を追求すると言う強い姿勢に何時も感銘を受けている。いわんや、台湾と言う舞台が描かれているこの著作においておやである。
台湾の駐在が長かったために、台湾の表裏の色々な事を知る機会が多く、所謂《白団》と呼ばれている、富田直亮元陸軍少将(現地名:白鴻亮)を団長とする、元日本軍の幹部グループによる蒋介石国民党軍への極秘の軍事顧問団が存在することも、その当時に知り、既に事実上の役割を終了して台北近郊に居住されていた富田氏にも何度か直接お会いしたこともあった。
所が、今回この本を読んで、極秘とは言え半ば公的な《白団》とは関係なく、元北支那方面軍司令官であった根本博元陸軍中将が、全く個人的な立場から密航して台湾に赴き、現在まで続く国共の境界線となっている、金門島・媽祖島の攻防戦で軍事的な支援を行い、その成果は非常に大きなものであったという事実を知って驚いた次第である。
蒋介石指揮下の国民党による台湾統治については賛否各論が存在する所であるが、第二次大戦後、蒋介石の率いる中華民国は、国共内戦の為の策略も或るとは言え、大戦後の中国大陸からの日本軍人や一般居留民の日本への引き上げに多大の理解と支援を与えた事は事実であり、この事に強く恩義に感じた人が居た事も事実である。その恩返しの為に大きなリスクを厭わずに、この種の軍事援助がなされていた事に痛く心を揺さぶられた。
又、筆者の浅薄な知識では、旧日本軍では、海軍は善玉だが、陸軍は悪玉だと一途にステレオタイプな思込みをしていたが、これは大きな間違いで陸軍の中にも今村大将や、この本の主人公の根本中将など、立派な軍人がおられたことを知り、又、海軍関係者も人によるものだと思う。
結局は、民間も軍もやはり組織は人間・人物次第であることを痛感した。