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■2011年9月15日号 <vol.186>

書評 ─────────────

・書 評    丸川 晃 『合理的市場という神話
              ー リスク、報酬、幻想をめぐるるウォール街の歴史』
            (ジャスティン・フオックス著 遠藤真美訳 東洋経済新報社)

・書 評   石川勝敏 『日本の農林水産業 ー 成長産業への戦略ビジョン』
            (八田達夫 高田真著 日本経済新聞出版社)

・【私の一言】岡本弘昭 『一番ということ』


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2011年9月15日 VOL.186


『合理的市場という神話
ー リスク、報酬、幻想をめぐるるウォール街の歴史』
 (植村鞆音著 扶桑社)  

丸川 晃   

本書の主たる舞台は、アメリカの金融ないしファイナンス市場(株式・債券を主体と する証券市場)。
その物語は、いわゆる『効率的市場仮説』に依拠する『合理的市場理論』という学説 の興亡を巡る大活劇、従って本書は、ウォール街を動かした経済・金融『学説史』で あり、その出演者はI.フイッシャー、J.M.ケインズ、P.サミュエルソン、M.フリード マンなどという経済学史上超一流の著名学者から、評者があまり名前を知らないM. ジェンセン、M.ロバート、R.セイラー、E.ファーマ、R.シラーなど、ノーベル経済学 賞を含むアメリカの錚々たる経済学者が100人以上も赤裸々の人物像で登場するという、豪華版である。
舞台は、(新)古典派・制度派経済学から始まって、OR理論、ゲームの理論、複雑系、 実験・行動経済学などの多種多様な現在の経済理論を背景として、侃々諤々の活劇が展開され、その時代は、『現代ファイナンス理論の父』と称され、1920年代に株で大儲けし、また大損したI.フイッシャーが、『資本と所得の本質』を出版した20世紀初頭から、2008年のリーマン・ブラサーズ証券破綻時に至るまでの約100年間となっている。
次に、この物語の概略を述べねばならないのだか、何しろ次々と現れる著名役者が多過ぎる上、本書の翻訳文は明快なのだが、内容の方が極めて難解なこともあって、この書評でその全貌を紹介するのは極めて難しいため、自信はないが、そのサワリの一部だけでも要約してみたい。
先ず、『合理的市場理論』とは、企業は、株主価値の最大化=株価極大化を目指すべきであるという理論で、周知の通り、特に1980年代から90年代にかけてアメリカ経済を主導した思想である。また『効率的市場仮説』は、(証券)市場は、情報を完璧に合理的に処理し、資本を効率的に配分するという説で、特に70年代以降のアメリカ企業に広く浸透し、日本でも2000年前後に流布された理論である。
そもそも金融市場が誕生した時期から、既に『(金融市場は)多くのことを知っている』という考え方は存在していたといわれる。そして1920年代初期頃から、このような経済理論を株式市場にも応用できるのではあるまいかという考え方が浸透していき、この間アメリカでは、統計学、数学が経済学の主要舞台に登場し、30年代以降は、ケインズ経済学の浸透やOR、LP、不確実性の研究、ゲームの理論などの応用により、計量経済学が発達すると共に、数学的な表示で埋め尽くされた投資関連学術書が多数発刊された。一例を挙げると、1990年のノーベル経済学賞受賞者、New York市立大教授、東大客員教授のH.マーコヴィッツは、1959年にORと投資とを融合させた『ポートフォリオ選択論』を著わし、あるリスクが与えられた時、期待されるリター ンが最大になるようなポートフォリオ論を展開した。
P.サミュエルソンも、投資に深い関心をもち、65年には『ランダムウオーク仮説』の論文を発表したが、これは株価の正確さや株式市場の力を説くものではなく、ウォール街で『濡れ手に粟』を見付けることの難しさを訴えるものだったにも拘わら ず、彼は、ファイナンス理論分野では『効率的市場仮説』の創始者のひとりに挙げられているという。
そして、当時は学問的には孤立していたシカゴ大学で、F.ハイエクの影響を受けた M.フリードマンが『資本主義と自由』などのやや扇動的な内容の図書で、『市場は政府よりもうまく機能している』と主張しだしてから、シカゴ学派は『市場は完全である』という伝統的な確信へと主張を発展させた。しかし、同大学ファイナンス学部教授E.ファーマは、初めて学問的に『効率的市場仮説』を提起したにも拘らず、その後90年代になってからの彼は、実証的証拠からは自分の仮説は裏付けられないとして、『効率的市場仮説』を否定することになったという物語もある。
70年代から80年代にかけて、アメリカ企業は国際化に揺れた。これに伴い『全知の市場』が出したシグナルは、アメリカ企業は変わらねばならないということで、『株主価値』の重視という旗印の下に、レバリッジ・バイアウトなどを含むM&Aが盛行した(その典型は、GEのJ.ウエルチの戦略)。そして80年代初め頃には、投資銀行を含む新旧のヘッジ・ファンド会社は、物理学者、数学者などを集め、コンピュータを駆使して、高等数学を多用した『効率的市場仮説』の権化ともいえるような、ポートフォリオ・インシュアランスなどの新しいデリバティブを作ったり、金融市場のリスクは自然現象であるから、数学的に操作できる(物理学などと同様に)として、リスク管理に確信を持つに至ったようだが、87年10月の株式市場暴落、更に98年春に起こったLTCM社の崩壊というような証券市場の危機は、合理的ファイナンス理論に基づいたリスク認識が、信頼できないことを示す警告となり、著名経済学者からは反論が続出するようになった。
例えば、2000年代初めに住宅価格の根拠なき熱狂を警告したといわれるR.シラー (エール大学教授)は、既に80年代半ばには、『株価変動の予測は困難という考察から、株価は正しいに違いないという結果を導きだす理論の飛躍は、経済思想史で最も著しい誤りである』と論じたし、 L.サマーズ(サミュエルソンの甥で、クリントン政権の財務長官)は、86年に開催されたファイナンス理論の総本山であるアメリカ・ファイナンス学会で、『効率的市場仮説』に基づくファイナンス理論という学問そのものを、これ以上ない程徹底的に批判・揶揄して見せたという。
このように20世紀末には、『合理的市場理論』の基盤は大きく崩れたが、代替する 説得力ある理論がなかったので、証券市場の合理性を巡る論争は、21世紀に入っても決着せず、政府の意思決定も、個人の投資方針も、この理論を拠り所であり続けた。
『非合理的市場理論』者とみられる『行動経済学』を主張する教授が、数十億ドルの資産を運用して大儲けしたそうだし、大学のファイナンス学部の講義は、未だに『市場』と『価格』を中心にして行われているようである。
2008年9月15日、リーマン・ブラザースが約64兆円に上る負債を抱えて倒産したのを契機として、グローバル規模の金融危機が発生した経緯やその影響などについては、ここで多弁を要しまい。この歴史的な金融危機に関連する筆者の評価は、次のようなものだ。即ち、『効率的市場仮説』については、対象の株式市場は、申し分ないほど合理的な方法でそれを消化して、株価は急落したが、市場は一度も麻痺することなく機能し続けたとし、『合理的金融市場』の概念は、株式だけのものではなく、証券市場全般がスピード、ランダム性、正確さという魔法に近い特性を備えていると考えられていたのに、住宅ローン市場が証券市場になり、そして、上り坂の途中で大きく道を間違えて、やがて坂を転げ落ちて、その機能を停止しまったとしている。このように人々が大きく道を間違えた一因は、金融革新に潜むリスクにあったといってよく、過去に起きた重大な金融市場のバブルや暴落の殆ど総てが、何らかの新しい金融商品や金融技術に関係していたという意味で、金融革新は常にリスクと背中合わせだったという評価で、この劇は幕引きとなる。
以上、索引、原注、主要登場人物像などを含め翻訳書で500ページに上る本書の著者J.フォックスは、タイムス誌のビジネス・経済担当のコラムニストなどを務めているジャーナリストである。本書の執筆に要した時間については触れていないが、『謝辞』で『本書の執筆には、予定よりもかなり長い時間がかかった』と述べているように、上司の許可を得て、相当長期間にわたり本書執筆に要する時間を取らしてもらうというようなことは、日本の一般の会社は勿論、出版会社でも考えられないことであろう。更に、学術書と見紛うような水準の骨太の本を著わすジャーナリストがいるという、アメリカの底知れぬ知的水準の深さに驚嘆する。
また、本書を読みながら気になったことは、日本の大学では、アメリカ式の『ファイナンス学部』といった専門的な学部を持つ大学があるのだろうか、という疑問だった。試みに、インターネットで調べてみたところ、何れも大学院で、東大では、経済学研究科に『金融system専攻』があり、そのカリキュラムに数理ファイナンスやデリバティブ、株式・債券ポートフォリオ分析などがあり、面白いのは、その募集要領に『理科系学生の応募可』となっているところ、京大は、経済学研究科のカリキュラムに『金融工学』があるのみ、一ツ橋では、金融工学教育センターというのがあるが、その内容は不明、早稲田では、ファイナンス研究センターがあり、現在、専任教員、助教募集中(!)、慶応は、この種学部およびカリキュラム無し、というような状況
で、フメリカとは違って、この種の専門分野に対する社会的ニーズが少ないことは勿論のこと、この分野を専門とする学者も殆どいないのではあるまいか。いわんや、自分の学説に基づき、証券市場でひと儲けようという学者がいる筈はあるまい。従って、本書で展開されたような専門的な論争は、日本では起こる筈はないという結論でよしとするのかと思うと、やや寂しい気もする。

【編集人より補足】
丸川 晃氏より編集人に下記内容のお話がありました。
------歴史の流れとしては、本号掲載の『合理的市場という神話』は、アメリカの有力な学者の多くが『合理的ないし効率的市場理論』を構築した推移、およびその批判を展開したものであり、次に、それに対応して、『経営戦略の巨人たち---企業経営を革新した知の攻防』(評論の宝箱8月1日号掲載)で、マッキンゼーなどのアメリカのconsulting会社は、この理論を背景にして世界の企業を相手に商売したということになっています。
従って、読書の順番としては、『合理的市場という神話』が先で『経営戦略の巨人たち』の方が後の方が解りやすいというお話をいただきましたので申し添えます。  
    

 

『日本の農林水産業 ー 成長産業への戦略ビジョン』
(八田達夫 高田真著 日本経済新聞出版社)

石川 勝敏   


著者 八田 達夫:国際基督教大学卒、ジョンズ・ホプキンス大学教授等を
経て前政策研究大学大学院学長。
著者 高田 真 :信金中央金庫信金業務支援部調査役八田氏は2007年から2010年まで内閣府の規制改革会議の委員として農業タスクフォー
スの主査をつとめた。高田氏はこの間事務局でこのタスクフォースの幹事をつとめた。
両氏は同タスクフォースの取り扱った問題の一部を経済学の観点から整理してこの著書をまとめあげた。
農業、林業、水産業等の一次産業は労務費の高い日本では衰退し続けると一般に考えられている。しかし欧州や米国では高い生産性を上げ収入も上がり、若い人たちが希望を持って一次産業に参入してきている。成長産業への道はあるのだ。
例えばオランダでは高付加価値の野菜や畜産物の輸出が多く、穀物は輸入しているが、農産物輸出は米国に次いで世界第2位である。
また、フィンランドでは大半の森林が細分化され、無数のサラリーマン不在地主が分散所有しているにも拘わらずフォレスターサービスや公共財としての路網の枠組みを国が提供しているため、林業経営者が森林を借入れ集約化し高生産性を維持している。国の補助金は日本の十分の一である。
さらに、アイスランド、ノールウェー、ニュージーランドの国々はある時点まで現在の日本と同様の漁獲管理をしていたので、共有地の悲劇が発生し周辺海域の資源量が激減したが1960年代以降合理的な対策が行われ、資源回復が著しく豊かな生活を実現し若い漁民が参入している。
日本の一次産業の成長産業への方策は上記の国々と基本的に同じ方法で良い筈である。
小泉内閣は一次産業の改革に手を着けなかったが、一次産業の成長には数多くの規制改革もしくは緩和が必要であるが、いずれも我国全体のパイの拡大の為のものである。
既得権益集団に配慮し、改革を先延ばししようという政治的誘惑は強い。しかしパイを拡大しなければ、日本の一次産業は長い低迷から抜け出す事は難しい。
改革とセットで激変緩和措置を講ずる事が改革の実現性を高める事になるだろう。
今首相の私的諮問機関「東日本大震災復興構想会議」で漁業の民間参入が一次案として答申されている。東日本関東大震災を機に経済特区として一次産業の改革を幅広く図る事が望まれる。
以下に著書で指摘されている問題に概要触れてみたい。
農業改革のあるべき方法は激変緩和措置を伴った米の生産調整の廃止である。
問題点は米の高関税、生産調整、高米価維持、農地法による農業への参入規制、農業委員会の適正な運営、裕福な小規模兼業農家への補助金支給、銀行等の農業事業への参入障壁、大規模農業への障壁、株式会社の農業への参入障壁、政治と農林省と農協のトライアングル、等等である。政府はカロリーベースの自給率40%を50%にすることを国の目標としているが、食糧安全保障には自給率より米の備蓄の方が的確である。
カロリーベースで農業問題を考えているのは世界中で日本だけである。
林業について現状は日本の国土の66%が森林でありながら、価格問題で輸入が80%である。
林業についてはフィンランドの成功例に見習うべきであろう。
既得権益者としての森林組合対策と補助金方式の改定、公共財としての路網整備と間伐による森林の維持、規模の経済性のための企業集約、その為の図面整備等の問題整理が必要である。
水産業は資源管理の不備で漁獲量低下、就業者の高齢化、参入規制としての漁業権、収入の逓減が問題である。日本の漁業の平均収入300万円に対しノールウェイは900万円である。日本の漁業が高齢化しノールウェイで若者が参入するのも頷ける。
日本の漁業管理はオリンピック方式と呼ばれ魚種別捕獲量を決めて一定の漁獲量に対し早い者勝ちになっている。この為、魚形の小さいものまで捕獲し魚の資源管理に失敗している。市場で値のつかない小型魚をたくさん採っている。
アイスランド、ノールウェイ、イギリス、スペイン、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカではオリンピック方式を改め、船毎の捕獲量を定めるIQ方式または譲渡可能個別割り当てを定めるITQ方式をとっている。IQ、ITQ方式にすると市場価格の高い大型魚のみを狙うようになり、乱獲が止まりまた生産性も上がるという。
ここでも制度変更に伴う減収補償の問題を同時に解決しなければならないだろう。
資源が回復すれば自然に解決する問題ではある。今、漁業資源回復の瀬戸際に来ている。

 

ご要望にお応えして、ジャンルを定めない自由評論コーナ ー【私の一言】を設けました。 評論の評論はもとより、社会評論等自由なご意見をお届けします。

『一番ということ』
 岡本弘昭 



かつて「2番ではいけないのですか」といった人がいた。この人が今般また大臣になったことは驚きであるが、このような認識では日本の未来はないと思うので改めて一番ということを記しておきたい。
なでしこジャパンが女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会世界選手権でアメリカにPK戦で勝って優勝した。
最後まで諦めずに粘り強く戦った結果の優勝であり、世界に名をなさしめ、最近なんとなく身を縮めている日本人には刺激的で意気を高揚するものがあった。
東日本第震災後の『頑張ろうニッポン』にふさわしいスポーツ界の快挙で、タイミングからも国民栄誉賞の受賞も当然である。
これが二番であれば、褒めはするけれどそれほど意気を高揚することはない。
また、旧聞に属するが、ハンブルグで開催されたInternational Supercomputing Conference(ISC'11)のスーパーコンピュータのランキング「TOP500」で、理化学研究所と富士通が共同開発している「京」が、前回トップだった中国の「天河一号」を抑え1位を獲得した。
2位以下の順位は、3位が米国の「Jaguar」、4位が中国の「Nebulae(星雲)」、5位が東工大の「TSUBAME 2.0」であった。
この「京」の開発プロジェクトには、東日本大震災の被災地に拠点を持つ企業が多数参加しており、震災によって機器の開発・製造に大きな影響が出たものの関係者全員の努力によって今回の成果につながったと伝えられた。 
「日本社会が総力を挙げた達成した成果であり、我が国の科学技術がいまだに衰えていないことを証明した。」(理研の野依良治理事長)これまた快挙であった。
日本で一番高い山は富士山であり日本人なら皆知っている。しかし、2番目に高い山となると知っている人は急に少なくなる.。
一番と二番はその差・内容がどうであれ、質的には決定的に違うのである。
日本が再び強くなるためには、やはり一番を強く意識しなければ始まらないのである。

 

 


ようやく行楽の秋になりつつあり皆様方には一段とご多忙にお過ごしのことと思いま
す。ただ、秋は灯火親しむ時期でもあり読書にも熱がこもるシーズンでもあります。
皆様のご寄稿をお待ちいたしてります
本号も、多面的なご寄稿をありがとうございました。(H.O)





 
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