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2006年2月15日 VOL.52

 

 

『靖国問題』
著者:高橋哲哉 出版社:筑摩書房  2005年4月発行

後藤田 紘二 

 首相の靖国神社参拝問題が起きるたびに、なんともいえぬ違和感を覚える。
かねてより、一度この問題を正確に捉えて、理解したいものと考えていた。
新聞報道では各紙面によって政治的に偏っていたりして、正しい判断が得られまいと思っていたところ、昨年 筑摩新書からこの本が出て、読んでみた。
複雑微妙な問題ではあるが、著者は実に平明に、淡々と問題の所在を明らかにして、論理的に靖国問題を取り上げており、説明がまことに丁寧である。
テーマを1.感情の問題、2.歴史認識の問題、3.宗教の問題、4.文化の問題、5.国立追悼施設の問題に割って整理している。
 著者は東京大学で哲学を専門とする教授で歴史家ではないが、この問題の歴史的な取り組み方に共感することが多い。靖国問題へのわれわれ国民の対処の仕方に、貴重な指針を示していると思った。
 憲法違反という地裁等の司法判断を、まるで軽視している一国の総理の行動を、ただ漫然と眺めていた自分の“目からうろこが落ちた”、というのが読後感である。貴重な靖国問題参考書といえる。




『無思想の発見』
著者:養老孟司  出版社:筑摩書房
櫻田 薫 

新書版で簡単に読めると思ったが、多方面にわたる論点をすべて理解するのは容易でない。それでも脳科学から般若心教まで該博な知識で日本の『無思想の思想』の原点が解説され、新しいものの見方が提示される。丸山真男は『日本に思想はない』と書き、司馬遼太郎も大宅壮一も同様な主張をしている。養老先生は、思想や宗教のない国というのは存在しないから「日本の風土と伝統が生んだ無思想という思想」あるいは、『世間という立派な思想』があるとして、その中身と効用を説く。
私たちは概念世界(思想、信仰など)とともに感覚で捉えられる具体的な現実世界に住んでいるが、日本は伝統的に思想よりも現実(世間)が影響力をもつ社会である。生きる人間の感覚世界が、健全な日本社会の基盤を支えている。日本企業は本社でなく現場が強いと言われる。電車に乗るときの安全性は、命令する上司よりも運転手を信頼することだ。かつて八紘一宇のような借り物の思想もあったが(軍国主義は主義ではない。誰もそんな思想はもっていなかった)、マルクスも聖書も毛沢東も日本の指導原理になりえない。尊皇攘夷で固まった侍社会が明治維新になると簡単に鹿鳴館になり、鬼畜米英を叩き込まれた国民も一夜にしてマッカーサー崇拝に転向する。この変わり身の早さは堅固な思想、信条を持つ民族には考えられない。オポチュニストと批判されるだろうが、無思想、無宗教、無哲学の民族なら極めて合理的な行動である。イラクに代表されるように一神教の国では思想が現実を支配するから、近代化はなかなか進まない。原理原則に拘る中国では、文化革命のように現実が間違っているとする思想が猛威をふるう。日本では思想が現実に介入することは許されないから、普通は踏絵を拒否したキリスト者や一向一揆のように完全に抹殺される。日本で思想といえば「ただちに実現できるもの」でなければならない。自民党は、すぐ現実化してしまうから思想らしいものは殆どないが、平和憲法を守れという社会民主党の理論信仰のように、北鮮からミサイルが飛んできても戦力はダメという思想は、日本では現実に影響をおよばさないから空論にとどまる。
このような主張に至るのは、具体的なモノに基礎をおく自然科学者として養老先生が思想や信仰といった概念世界を、はかない空中楼閣のようなものと考えるからであろう。意識から思想につながる人間の脳の働きは、身体があってこそ成り立つ。栄養失調になれば脳は働かないから、精神を肉体より上に見ることはできない。
本書をあえて要約すれば(帯の言葉のとおり)、どうせ外国からレンタルした思想でしょうから「借り物の思想を棚上げにして、自分の体で経験し、自分の頭で考えよ」ということであろう。




『映画評「博士の愛した数式」』
監督:小泉堯史 原作:小川洋子 出演:寺尾聰 深津絵里
今村 該吉 

 物語には最もなじみにくい純粋数学をテーマに小説を作ってしまった作家小川洋子の力量にも感心するが、小泉尭志監督はそれを詩情豊かな映画に仕立て上げた。数学を軸にしたひとつのメルヘンの世界である。
 交通事故で記憶喪失症(記憶が80分しか持たない)の元数学教授(寺尾総)の面倒を見るために、若いシングルマザーの家政婦(深津絵里)が派遣されてくる。何しろ30年前で突然記憶が止まってしまい、しかも数学、数字に関しては天才的なひらめきを持っているが、昨日のことは皆目忘れている男なのだから、初めはふたりの間は普通の会話も行き違いが多く、ちぐはぐで、滑稽でもある。
 数学者は世間のことは一切知らないし、関心もないので、心は子供のように純粋であり、家政婦はいつの間にか恋愛感情でもなく、親子の情でもなく、といって友情でもない、奇妙な親愛感を抱くようになる。彼女の子供も博士の良さを見抜いてしまう。最初は疑っていた義姉も私心のない母子の数学者への傾倒を理解するようになる。こうして4人の珍妙な交流が次第に深まる。
 あらすじはこんなことなのだが、その中に病人である主人公の数学への執着と昔の記憶のままのタイガースファンという全く異質なものが絡まり合わせて、ストーリーに起伏をもたらせているところがうまい。
いろいろの数式が出てくるが、昔、学校で義務として習った数学がこんなにも神秘的で、不思議なものなのか、と改めて驚かされた。数学者は少年のままの眼差しでこの玄妙さ、一種の神聖さに惹かれているのである。作家小川洋子自身はタイガースのファンらしいが、江夏の背番号28が奇しくも、非常に少ない事例である、完全数(28=自分以外の約数の総和すなわち1+2+4+7+14)だなんて言うとは、相当に重症なファンである。
 小泉監督は信州を舞台に前々作「阿弥陀堂便り」を撮ったが、今回も同じ長野県を舞台にしている。よほどここが気に入っているのだろう。相変わらずシーンは美しく、深津絵里の自転車姿がよく似合う。





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『音楽日記 ─ 2006年は短調復活の兆し』
風雅こまち
 昨年の暮れから「笑い」から「泣く」にトレンドがシフトし始めた。冬ソナ後、ドラマ作りは泣ける感動を意識して制作されたものが結果を出しているようだ。
映画「男たちの大和」も涙が乾く時間も計算され、余韻を保ちながら場内が明るくなるらしい。感動は大勢で味わった方が大きくなる。自宅でDVDをホームシアターで鑑賞するより、他人の声や反応が刺激となるのだ。お葬式では泣き女、商売でサクラを雇うのは、脳神経に存在するミラー細胞が見たことを鏡のように刺激伝達し、身体を反応させるからだと言う。抑圧された気持ちに対して行動の後押しとなる。
 生の演劇や舞台芸術は大勢での共通体験が気持ちを熱くする。また、ライブの芸の鑑賞はコミュニケーション能力のスキルアップに繋がる。IT化が進んだネット仲間には楽器演奏、旅行、陶芸などリアルな活動の時間の充実に努める人が多い。仮想空間には重さが無いが実社会では言葉一つにも「重み」がかかる。桁違いの株式発注などは質感の伴わない仕事の盲点であろう。
 短音階は暗くて重くて嫌いだと思っているのではありませんか?40代が子供の頃に見たスポ根マンガの主題歌の多くは短調です。アタックNo1や巨人の星、ひょっこりひょうたん島もラストに転調を折り込みながら基本は短音階。高度経済成長期は豊かさを求めてひた走った時代であり、その応援歌は踏ん張る力強さを持った短音階だったと推測している。ロシア民謡やフォオルクローレ、ベートーベン、土俵際の音楽に共通するのは短調だ。
 蛇足になるが、その土俵際を越えて「もういいか」とあの世にひょいと足をつっこんでいる、この世の重さを失ったようなモーツアルトの音楽は、天上との架け橋だと感じる。苦しさを越えた世界の輝きが魅力なのではと感じている。今年は生誕250年で様々なモーツアルトコンサートが企画されている。違った視点で味わうのも楽しいだろう。





 
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