昨秋、新潮新書から“国家の品格”を著した作者が、この春、再び文芸春秋社から“この国のけじめ”と題する単行本をだした。前者が講演記録をベースにまとめたものに対し、後者は近時3年にわたって、文芸春秋や読売新聞、産経新聞などに掲載したエッセイを収集して刊行したものである。
文体は異なるが同じ著者の時事評論、教育論、随想であるので、この二つの本は、当然内容的に類似している点が多い。類似の本を立て続けに出版したのはこの論客の主張が、時機を得たものであり、多くの読者から支持され、共感を得ているからに違いない。
評論では総じて今のグローバリゼーション、規制緩和、わが国のアメリカ化を痛烈に批判し、為政者の国家戦略の不在を憂い、日本のよき伝統的倫理、道徳教育の必要性を訴えている。市場原理主義が横行し、会社経営でも安易なリストラが進み、伝統的な終身雇用や年功序列が押しやられているが、果たしてそれでよいのか、と疑問を投げかけている。
わが国の社会現象に批判の目をむけ、教育問題でも小学教育に英語教育を取り入れようとすることの愚かさを主張する。国語力が低下しているのに これをなおざりにして英語にうつつを抜かす暇はない。もっと他にやるべきことがあるはずだ、と。文学、歴史、芸術、伝統などに理解を深めることのほうが肝要だ。祖国愛を重んじ、武士道の倫理道徳感を評価して、その精神と美意識が人類の普遍的価値となりうることを論じている。
現在わが国は弱体化しているのであるから諸外国の狡知に翻弄されることなく真に長期的国家戦略が必要であることを訴えかけている。
米国滞在経験を有する数学者のエッセイだけに説得力がある。近頃のマスコミの論調にいろいろと失望することが多い中で、この書物の健全な考え方にめぐり会い、日本もまだまだ捨てたものでないと思えた。爽快な随筆である。
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