親鸞聖人の750年大遠忌の前に「親鸞 上・下」を著して毎日出版文化賞を受けるなど精力的な文筆活動を続けている五木寛之氏が2004年にNHK人間講座「いまを生きる ちから」と云う番組で話した9章に他で発表したものを加えて単行本に纏めた本である。2005年にNHK出版から出版(後に角川文庫も)。
21世紀に日本人が世界に発信出来る和魂とはなにか、生きていく力とは何か、その他について著者が、日頃考えている事を述べたものである。一部を紹介すると
*戦後の社会の流れの中では「情」よりも「理」が大事にされ、人間は冷静で知的で合理的でなければならない。感情的になるのは愚かな人間の証拠だとされ、じめじめした人間関係から、さわやかで合理的な人間関係へ転換する事を目指して来た。
しかし、湿式社会から乾式社会に転換するなかで、本当は大事なものを忘れてしまったのではないかという不安がある。カラカラに乾いたこころは、軽いいのちと結びつき、自分のいのちも他人のいのちも軽く感じるようになって、自殺が増え、他人のいのちを傷つける事にも抵抗がなくなっているのではないか。
*正月には神社に初詣をし、結婚式は教会で挙げ、お葬式は寺ですると云うのが現在普通に見られる日本人の宗教生活習慣となっている。また明治の廃仏毀釈以前はお寺と神社を一緒に祀るのが当たり前であった。日本人のこころのなかには、もともと特定の宗派には偏らない原宗教的な感覚・・・朝日に向って頭をさげ、夕日に向かって合掌する。山にも川にも、草にも木にも、虫にも動物にも、自然界のあらゆる事物に霊魂が宿っているという素朴な宗教感覚があったものだ。
*ルネッサンス以来「人間は地球の主人公である」と云う考え方が定着して、人間の都合のよいように自然を利用し、自然を征服する事が科学の進歩とされて来た。近代の世界は、欧米の一神教的な文化のもとに成り立って来た。近年、宗教的な対立は深刻さを増し、21世紀は宗教の対立と民族の対立の時代になるとの予言もある。これからの世界が対立ではなく、宗教と民族、そして人間と自然の間にいい関係を作って、共にいたわりながら共生して行くためには、日本人が長いあいだ無意識に抱き続けて来た自然への考え方や神や仏へのあいまいとも感じられていた感覚が21世紀の世界のあり方を示す希望の糸口になる可能性があるのではないかと考える。
一時休筆して西本願寺の龍谷大学の聴講生として仏教史を研究した著者だけに浄土真宗の信仰が根底にあるものと思うが、東日本大震災、津波、原発事故の大災害に加えて、台風による紀伊半島の災害を経験し、世界情勢の混乱を見るにつけ、自然と人間との関係、人間の生きる意味、日本人のあり方、などを考える上でひとつの手掛かりを提供する本であると思う。