本書は、革命の嵐の中で多感な少女時代を生きた北京生まれの中国人女性作家・沙柚さんの自伝的長編。ページを繰るごとに、革命に翻弄された人々が、瑞々しい日本語で描き出される。
1966年から77年までの11年間、中国全土を吹き荒れた文化大革命。女子紅衛兵が街頭・職場などで赤い「毛主席語録」を掲げて容赦ない制裁を与えるニュースは日本でも衝撃的であった。
樹齢200年の楡の木がある胡同(ふうとん)四合院に暮らす10歳の沙柚の周りでも次々と犠牲者がまつりあげられ、小学生の彼女も紅小兵と共に好きだった先生に牙をむき、愛する父と別れ、逆上する母に反発しながら、非行グループの女リーダーとその仲間が集う家にオアシスを見つけていくのだが―
そうして革命の時代を生き抜いた彼女は、今、日本に移り住み、文筆活動をしている。本書は、揺れ動く中国を生活レベルで見つめる彼女の処女作である。
なお、表題の「父の帽子」は、いわゆる帽子ではない。共産党員でありながら知識人であった父親に被された、見えないけれど重い帽子。その帽子ゆえに両親はいがみ合い、娘は孤立したのだった。
余談であるが、本書を処女出版としてデビューした「幻戯書房」は、「男たちの大和」などの著者であり、歌人である辺見じゅんさんによって設立された。創業理念には、父であり、角川書店創立者・角川源義氏の創業の精神と理想を受け継ぐこと、と掲げられている。
著者にも出版人にも「父と娘を結ぶ糸」を感じた一冊でもあった。
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