2004年2月1日 VOL.3
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■書評
・『本と私』 今村該吉
・『天使になった男』 開米真美子
・『虎山へ』 高津隆
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『本と私』
著者:鶴見俊輔
出版社:岩波新書 価格:740円
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今村該吉
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最初この本を手にしたときには、例によって、「私の愛読書」あるいは「私に座右の書」の類かと思った。ところが大違いである。「本と私」という題で818編が集まり、その中から19編が収録されているが、対象とするテーマは実にさまざまである。昔読んだ1冊の本の記憶、旅に携行する本、病床で読書するための悪戦苦闘の工夫、子供との図書館通い、両親の自分史の作成など、およそ本にまつわるいろいろのことが手記として書かれていて、どれも本に対する愛情があふれている。
中でも圧巻は、「漱石中毒患者の執念」という1編であった。福島市在住の筆者は1904年生まれ。98歳である。もともと漱石の愛読者であった筆者は、ふとしたことから漱石の「その赤い花は燃えながら翌日散った」と1行の文に疑問を持った。赤い花とは「紅蜀葵」(こうしょっき)という珍しい花である。辞書にも当たった。「本当にそのように散るのだろうか」。疑問を持ってから実に20数年、引退後、種子からその花の栽培を始める。そして平成8年90過ぎから7年かけて花を観察し、漱石の言う「燃えながら翌日散った」花はひとつもなく、それは言葉の綾であったことを証明する。
この執念は異常とも言うべきである。本人が中毒者と自称する、一作家への傾倒が忍び込もうとする耄碌を断固撥ねつけている。本とは恐ろしい。
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『天使になった男』
著者:ジョー・タイ著 桜田直美訳
出版社:ディスカヴァー21
価格:1,300円
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開米真美子
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『この物語は確かにフィクションだ。しかし、人生の全てを描いているという意味で、真実の物語である』
物語は20の章からなり、その各タイトルは、同時に「勇気と目標達成の20の原則」からなっている。奇跡を起こす不思議な男レイフは信じる心の象徴だ。時を超えた普遍的な叡智が、本質をシンプルに突いて、心に響いて来る。
その結果、読後、『私達一人一人は、そうなるように運命付けられていた自分になるという奇跡を、自分の力で作り出す事ができるのだ』という気分に、なぜか、なってくる。
『偶然など存在しない、という事だ。物事が起こるのには必ず理由がある。』
『注意深く眺めれば、つながりが必ず見えてくる。』
何だか『思いもよらぬ発見をする能力。幸運を引き寄せる生まれながらの力』が自分の近くに来たような気がして、この本を友人に奨めてみた。
【それって米国でベストセラーになった本だよね? 私、原書で読んでみようかな?】という返事。よし、私も…
私より6歳(だっけ?) 人生の先輩にこの本を奨めただけで、かえってこちらのモチベーションまで高めていただいた。
元気になりたい方必読の一冊!
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『虎山へ』
著者:平岡泰博 出版社:集英社 価格:1,600円
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高津隆
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ノンフィクションの面白さはその事実性にある。作者は長年、テレビのドキュメンタリー番組を手掛けてきたカメラマンで、極東ロシアで幻のシベリアトラを追う過程を精緻なタッチで描き出している。夏は致命的なウイルスをもつダニにおびえ、冬はマイナス30度まで下がる凍土に痛めつけられる。道なき道を歩く54歳の作者の息づかいは荒く、鼓動の高鳴りも激しいが、大地への視線はどこまでも優しい。
ロケ100日間、歩いた距離は延べ600H以上、トラの踏み跡を辿るものの、それでもトラに接触できない焦りと無力感。厳寒のシベリアを彷徨い、精神的所産としての森の神性に触れ、そして自らの存在を森に問いかける姿は実に真摯である。
案内人はベテランレンジャーのヴィーチャ、ウクライナ出身で40代半ばを過ぎた元美大生、デルス・ウザーラを彷彿させる孤高の人である。地元猟師のアレクセーエフ一家にはヒグマに右顔面を抉られたデニス少年が、こころに傷を負いながらも父親について猟師の道を学ぶ。哀しい人間模様も現実と向き合えば自然のごく一部であり、酷寒の地に生きるということはそういうことなのだと思い知らされる。
シベリアトラは地元のベテランレンジャーでさえ出会えるのは3,4年に一度という。成長すると体長3メートル、350Lになる極北の王者であり、ヒグマ、ヤマネコ、イノシシ、シカ、リスなど食物連鎖の頂点に位置しているが、そのトラといえども無敵ではない。大規模な森林伐採、山火事などの自然破壊、そしてなによりも密猟による乱獲で沿海州に住むトラの個体数は近年300頭にまで減少、絶滅の危機に瀕しているのである。
祈りにも似たトラへの思いがかなう瞬間は、映像が絞り込まれていくときのような緊迫感が漲っている。レンジャーはライフル銃を小屋に置いてきた。被写体との距離は20メートルに満たない。イノシシを捕獲した後、眠りについていた母子2頭のトラ。突然母トラが目覚め、異界の人間がもつカメラに向かって身を乗り出したとき、野性と人は生死の境を共有する。
本書は開高健ノンフィクション賞の第1回受賞作品である。開高はベトナム戦争の特派記者として戦火の現地に滞在、「地べたからの視線」によって、ベトナムの人々の息づかいを伝え続けた。作者の視点もシベリアの大地から離れず、森に生きる万象を見事に活写している。
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