このサイトでは書評、映画・演芸評から最近の出来事の批評まで幅広いジャンルのご意見をお届けしていきます。
読者の、筆者の活性化を目指す『評論の宝箱』
意見を交換し合いましょう!

 
       

2006年9月1日 VOL.65

 

 

『新・風に吹かれて』 
著者:五木寛之   出版社:講談社

後藤田 紘二 

暑い真夏の読書には、さらりと読み流せる本が良い。本年7月に出版されたばかりのこの本は、ユーモアもあって中身もとっつきやすい。読み易いのは内容だけでなく、活字が大きめで且つ行間も普通のものより広めに取ってあるため、視力が衰えかかっている我我中高年向きに好都合な体裁になっているからであろうか。なにしろ表題だけで夏向きと感じた。著者が新人作家としてデビューした40年前に“風に吹かれて”というエッセイ集を出した。40年ぶりに出すエッセイに“新・風に吹かれて”と名づけたのは(真夏に出版するからでなく、)72歳になった作家が もう一度作家としての<原点に立ち戻って>物事を考えようという姿勢を示したものと言える。筆者は昔住んでいた金沢市をこよなく愛している。無粋にも昭和45年に各地の町名変更が行われ、金沢市でも“主計町(かずえまち)”という町名がなくなった折には大層残念がったが、なんと平成11年にこの旧町名が回復した。筆者はその復活を大いに喜んでいる。旧町名の復活は、全国でも初めてのケースだそうである。筆者はいま、古風な一画をなす“主計町”の、名もない坂道の名づけ親を仰せつかっているのだそうである。話題はさまざまであるが、この随筆の底流にあるものは、72歳になった筆者の人生論であり、もっと言えば、気軽な“老いの迎え方”論ということが出来ようか。年配者の読後の感想としては、なんとなく気の合う友人と茶飲み話をしているような 安堵感が得られる本である。




 
青木繁全文集『仮象の創造』〔増補版〕
著者:青木繁   出版社:中央公論美術出版社 
矢野 寛市 

青木繁は幼少より絵を描くことを好んだが、ハルトマンが“物の社会は物これを造れり、唯仮象の社会のみ人これを創作し、人類のみこれを楽しむ”と言っているのを知って画家になろうと決心し、久留米の中学を中退して上京する。(級友だった坂本繁二郎も2年後に上京する。) また、青木は幼少時に蘭学や漢学を学んだ母方の祖父から厳しく躾けられた上に、美術学校時代に上野の図書館で多くの本を読んだこともあって、詩人としても作家としても立つことが出来たといわれる程の文才があったが、このことが青木の画風に大きな影響を与えたようである。 「海の幸」は、美学校卒業直後、坂本繁二郎も含めた4人で房総に写生旅行をした際に、大漁を目にした坂本の話をもとに描いたものである。浪漫的文学的発想を自由な描風にのせた神話や伝説の絵を描いて、既に第1回白馬賞を得ていた青木ならではの作品と言え、この絵によって青木の名声は確立されたかに見えた。 しかし、神話の海彦、山彦を題材にし構想から3年の歳月を掛けて完成させた「わだつみのいろこの宮」が勧業博覧会で三等末席になったことで、青木は失意のどん底に落とされる。この絵に生活の建て直しを賭けていた青木は審査を批判する激烈な一文を書いたが、これはかえって美術界主流の反目を買うだけであったようである。 このあと青木は家族と離れて九州地方を放浪し、やがて病を得て28歳の若さで没する。 なおこの本には青木の画論、短歌、書簡、友人の追想記などの外、青木を研究した河北倫明の詳細で的確な解説もあり、明治の異色の天才画家の一生をよく理解することが出来るように思われる。




映画評『ゆれる』
原案・監督・脚本:西川美和 キャスト:オダギリジョー 香川照之 
浅川 博道 

この映画は、デビュー作“蛇イチゴ”(2000年)で一躍脚光を浴び、日本映画界の期待を集めている西川美和監督の第二作。オリジナルの脚本にこだわるのはデビュー作と同様で、今回も監督自身の夢の中に出てきたストーリーを脚本化したものといわれている。母親の一周忌に、家を飛び出し今は新進写真家として活躍する弟(オダギリジョー)が、田舎町に帰省することから映画ははじまる。家業のガソリンスタンドは兄(香川照之)が継いでおり、父親への反抗心を隠そうとしない弟をやわらかくいさめる。ある種理想的な兄弟愛のようなものが伝わってくる。翌朝、兄弟と実家のガソリンスタンドで働く幼ななじみの女性が、近くの渓谷に遊びに行く。ところが、この女性が、吊り橋から転落死することから、局面は一変する。そばにいたのは兄だけ。果たして事故なのか。事件なのか。これをきっかけに、外見も性格も正反対の兄弟の確執が次第にあらわになってくる。ここからは、拘置所や法廷での兄弟のやりとりを通して、二人の内面のさまざまな“ゆれ”がクローズアップされる。この映画の凄いところは、この微妙な心の動きがセリフでは説明されないことだ。だから観る者は、彼らの気持ちをその表情や動きから読みとるしかないのである。その緊迫感は、兄を演ずる、香川照之、弟を演ずるオダギリジョー、二人の研ぎ澄まされた秀逸な演技から生まれたものであり、観る者の心を深く揺さぶる。




 


 

 
バックナンバー
2012/12/15
2012/12/01
2012/11/15
2012/11/01
2012/10/15
2012/10/01
2012/09/15
2012/09/01
2012/08/15
2012/08/01
2012/07/15
2012/07/01
2012/06/15
2012/06/01
2012/05/15
2012/05/01
2012/04/15
2012/04/01
2012/03/15
2012/03/01
2012/02/15
2012/02/01
2012/01/15
2012/01/01
2011/12/15
2011/12/01
2011/11/15
2011/11/01
2011/10/15
2011/10/01
2011/09/15
2011/09/01
2011/08/15
2011/08/01
2011/07/15
2011/07/01
2011/06/15
2011/06/01
2011/05/15
2011/05/01
2011/04/15
2011/04/01
2011/03/15

2005/03/01

2004/12/01

 
 
 
 
 
Copyright(c)2001-2007 H.I.S.U.I. Corp. All right reserved.
□動作確認はMac OS9.2 + IE5.1にて行ってます。
□当サイト内コンテンツおよび画像の無断転載・流用を禁じます。










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送