今から3年前の6月にBBCの調査報道番組「パノラマ」が、北朝鮮の精巧な偽100ドル札が北アイルランドの反英過激派組織「正統IRA」によって、西欧社会に持ち込まれていると報じたことがあったらしい。その偽100ドル札は
「スーパー・ダラー」と呼ばれた。この小説の題名「ウルトラ・ダラー」とはそれよりも精巧な偽100ドル札を北朝鮮が作ろうとしているという設定である。NHKの前ワシントン支局長だった作者手嶋龍一がNHKを辞めてこの小説を書き、脱稿した直後の05年10月7日に英国当局が北アイルランドの「正統IRA」の指導者ショーン・ガートラントを逮捕したため、俄然この小説の真実味が倍加された。
ドキュメント・ノベルと呼ばれる理由の一つだ。
メインの舞台を日本に据え、主人公をBBCの東京特派員である日本語堪能の
英国人と設定することにより、時に舞台をアメリカ、イギリス、パリと縦横無尽に切り替えてゆく。事件は北朝鮮による本物そっくりの偽100ドル札の密造のため日本から技術者の拉致と先端機械の密輸工作と、さらにはその意外な資金使途の陰謀である。
読んでいてどこまでが現実でどこからフィクションなのか、ということがしょっちゅう気になるところも面白みの一つになっている。
またフレデリック・フォーサイスを髣髴とさせる物語の構成、ストーリーの中に細やかに組み込まれている日本文化に対する嗜みや、老舗の街の洋食屋の味の紹介など実に小気味がよい。文句なしに面白い小説である。
評者は昨年12月、日本のインテリジェンスをテーマにした作者の講演会を聞きに行き、話の面白さに惹かれてこの小説をその場で求めてサインしてもらった。
|