昭和33年の春、青森から先生に引率されて集団就職に向かう一団。希望と不安の織り交ざった一人の少女を上野駅に迎えたのは、鈴木オートの社長。従業員も置かず自動車の修理工場を営む気の短い男で、「特技は自動車の修理」と書いてあったのを見込んで採用したものの、「ジャッキを持って来い」と言われ、どの道具かわからず、うろうろする少女に向かって、「ジャッキも知らないのか。お前は詐欺だ。」と怒鳴り、少女は恐ろしさのあまり向かいの駄菓子屋に逃げ込み、押入れに隠れる。その父を追いかける息子は「特技は自動車の修理ではなくて、自転車の修理と書いてあるよ。」と言って履歴書を見せる。父は素直に少女に謝る。
その少女が逃げ込んだ駄菓子屋の主人は、文学賞を狙っているものの落選を繰り返す貧乏文士。ほのかに思いを寄せる居酒屋の女主人から、もてあましている小学生の養育を懇望されて引き取り、三人での水入らずの生活を夢見る。
昭和33年といえば私の就職した年である。戦後の混乱が色濃く残る東京の下町で、路面電車の横をミゼットが疾駆し、力道山のプロレスのテレビ中継に近所の人々が集まり、土管の転がっている空き地ではフラフープが流行している。おりから東京タワーが劇の進行につれて立ち上がっていく。
その年の暮れ、クリスマスプレゼントにもらった青森行きの切符を手に、はじめて帰郷する少女をミゼットに乗せて家族中で見送る中、夕日を背景にその年完成した東京タワーがそびえたっている。その夕日を同じように眺める文士と居酒屋の女主人と小学生の三人。
日本が高度成長期に入る前夜で、人々は豊かさを求め、三種の神器(テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)をそろえることを夢見ていちずに働きながらも、互いに心が通じ合っていた時代。物質的には豊かであっても、おれおれ詐欺やカード詐欺、老人をだますリフォーム詐欺、悪質化する少年犯罪といった現代の世相と思わずひき比べてしまう。いったいどちらが幸せな時代なのであろうか。
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