この本の紹介は、別の書評「木槿の花」の続きでもある。
筆者は文芸春秋社の名編集者であり、芥川賞、直木賞の選考に携わった。前半で芥川賞の野呂邦暢、後半で直木賞にまつわる山口瞳と向田邦子を取り上げている。
山口の名著「木槿の花」の一篇「戦友」の中で、向田邦子の通夜の席で、彼が軍歌「戦友」を歌う場面がある。そこで嗚咽しつつ一緒に歌ったのが筆者豊田であった。
豊田は本書で山口の向田へのレクイエムとも言うべき一編とその場のシーンを回想し、「まさに気合の入った、真情こもる文章で・・・」といいながら、すぐにその後で「千載一遇の題材を得て『シメタ』とつぶやいている山口さんのお顔が私には透けて見えるような気がするのです。これも作家のサガ。」と恐ろしいことを言っている。
私は最初この箇所を読んだときに、筆者が泣きながら軍歌を歌いつつ、一方では冷静な、むしろ非情とも言うべき編集者の目を見た思いがした。しかしそれは浅薄だった。
山口と豊田は単に作家と編集者という関係を超えていたのだ。豊田にとって山口は小説を書き、エッセイを書く単なる一作家ではなく、尊敬すべき人生の先輩であり、年長の友人であった。ふたりは戦友であったのである。
「戦友」が手に入らず、この名編を読むチャンスのない方は、この本の中にそのクライマックスが再録されているので、それを是非読まれたい。
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