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■2011年12月1日号 <vol.191>

書評 ─────────────

・書 評   入江萬二  『サムスンの決定はなぜ世界一速いのか』
            (吉川良三著  角川ONEテーマ21 )

・書 評  櫻田 薫  『われ日本海の橋とならん』
            (加藤寿一著 ダイヤモンド社)

・書 評  石井義高  『サラの鍵』 
            (タチアナ・ド・ロネ著 高見浩訳 新潮社)


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2011年12月1日 VOL.191


『サムスンの決定はなぜ世界一速いのか』
 (吉川良三著  角川ONEテーマ21)  

入江萬二   


最近、現代自動車やサムスン、LGという韓国の大企業の躍進ぶりが新聞紙上をにぎわしている。特にサムスンやLGの活躍ぶりは目覚しく、日本のソニーや東芝、パナソニック等の大手企業のシェアを完全に凌駕、TV部門では世界一、二位の地位を獲得している。著者は、日立製作所、日本鋼管を経て1994年からサムスン電子常務として10年間CAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進、サムスン電子の躍進に貢献。その後2004年からは東京大学ものづくり経営研究センターにおいて「日本のものづくりの方向性」について研究に携わり、サムスンを題材にした講演もしばしば行なっている。小生は偶々著者の講演を聞く機会に恵まれ、その内容が面白かったことも手伝って、本書を購入したものである。

本書は、著者がサムスン電子在籍期間中の体験をベースにサムスンの成長振りを述べている。著者によると、90年代初頭までのサムスンはモノマネに近い製品を日本の製品価格より2割抑えて販売方針として掲げて業務運営を行なっていたが、李健煕会長の1993年に行なわれた「フランクフルト宣言(妻と子供以外はすべて取り替えると宣言)」から大改革に着手して、世界企業へと成長していく変化を目のあたりにしたとのこと。
李会長がこの宣言を行なった背景には、当時のサムスンの体質に不満を抱いたというだけではなく、世界の産業構造が「国際化」から「グローバル化」へと変化していく流れを敏感に感じとっていたと指摘している。
当時社員のほとんどは、危機意識(“自分が生き残れるか”と身の危険を感じるレベルの話で対策を考える必要)はまだなく、危機感(景気が悪くなっている時に、“こんな状況はいつまで続くのか”と不安を抱き、“そういう状況をいつまで我慢すればいいか”と考えるレベルの話)にとどまっていた。
フランクフルト宣言によって社員は危機感から危機意識に移行、1997年のIMF通貨危機の際には、生き残りを懸けての事業売却、グループ会社も140社→83社に縮小、役職員の給与:30%カットなど思い切ったことを次々に断行しサムスンは立ち直れたが、これは意思決定の速さと強さが生かされた結果と言われている。

グローバル時代の今日では、世界中の企業を相手にした競争は、「リーグ戦」から「トーナメント戦」に移っており、一度負ければ次はなく、たち止っていたり、様子を見ていたりする余裕はなく、そこでは「意思決定の速さ」が何より重要と述べ、日本の“石橋を叩いて渡る”という風潮よりも、韓国の“腐っている橋でも渡り、渡り終えたあとにはその橋を壊す”という感覚のほうが現在のトーナメント戦に向いている、と指摘、グローバル化後の産業構造におけるスピード経営の重要性を述べている。
著者が本書で述べているサムスンの他の主な強みを日本メーカーと比較しながら列挙すると、
1.誰もやっていないから自分がやる。とにかく大事なのは“先頭を走ること”。2番手では駄目。
こうした考え方は、利益を出すため、勝者になるためには必要な姿勢であり、GEのCEOであったジャック・ウェルチの“世界で1位か2位になれない事業からは撤退する”という姿勢に通じるところがある。
2.品質は“顧客が決めるもので、メーカーが勝手に決めるものではない”。
 品質には、松・竹・梅があり、顧客は松がいいのか、それとも梅でいいのかを自分で決めるが、日本のメーカーはそのことを忘れている。日本のものづくりは「操作のしやすさ」、「乗り心地のよさ」等、“さ”がつく面を重視して開発しているが、こうした要素は数値化しにくいもので、個人の感覚で異なり、「高コスト構造」に帰結し、価格の上昇につながる。
3.日本の製品価格設定の“足し算方式”(必要なコストを計算し、製造原価や確保したい利益を加算)に対し、サムスンの場合は売れる価格をはじめに設定、その価格にするために削減を許されるコストを算出、そして製品開発を進めるという、いわゆる“引き算方式”(日本と逆の思想)。
世界各地に、「地域専門家」を配置して各地の情報をキャッチアップし、地域ニーズにあった製品の企画を実行。新興国のユーザーが必要としていない機能はすべてはずし、材料費の大幅削減に奏功。
4.開発設計は先行投資で、多大な時間とコストを要するため、サムスンは現在でも技術開発と開発設計にはあまり力をいれていない。その部分は先行するメーカーの新技術をキャッチアップ(リバース&フォワード・エンジニアリング)することで補完している。開発投資が製品化されるのは1〜2割程度であり、開発設計投資を抑制する意味は大きく、一方実利的な量産設計に注力、お客様の求める様々な商品を早く安く提供することで、顧客ニーズに応えて利益率をアップさせていった。等を指摘している。

また,著者によると、サムスンの李会長は松下幸之助氏から多くのことを学び、その精神を日本人の誰にもまして受け継いでいるとのこと。
松下幸之助氏のいう「商いの心」は
1.お客様大事の心、2.お客様の声を聞く、3.使う人の身になり、魂を込めたモノづくり、4.損して得取れのサービス心、5.儲からなければ意味はないという利益感の5つにまとめられるが、これらをサムスンのやり方と比べて見ると、 1.4.は、不平不満を丁寧に聞いて、不良品がでたらすぐに直して顧客を待たせないようにしているCSセンターのあり方等がそれに沿っており、 2.3.は、地域専門家を育成し、顧客の声を聞いた地域密着型のモノづくりの構築と合致。
5.についても、サムスンでは、営業利益率は2桁以上、ROIは10%以上が目標である。

一方で著者は、今の日本経済が危機的状況を乗り越えられずにいるのも、グローバル化へという時代の流れを読み取れずに対応が出来なかった〜具体的には日本の企業はグローバル化に対応したスピードの大切さを軽視、技術の追求に特化しすぎてしまったこと、さらに(トップを目指すという)ひたむきさを喪失、中流で満足してしまって競争力をなくしてしまっている〜とも述べている。
そして、日本と韓国・中国を次のように比喩し、今の日本に求められていることは、
“待つことではなく、動くこと”で、IMF危機の際の韓国にも負けない“危機に向かう決死の行動”こそが現状を打破する力である、と本書の中で力説し、意思決定のスピードをあげないとグローバル競争には勝てないと主張している。
  韓国;金と度胸といいとこ取り戦略、
 中国;金と脅しといいとこ取り戦略、
  日本;伝統と伝承と負け惜しみ(度胸なし)戦略

東日本震災の復興が遅々として進展しないのも、こうした日本人の危機意識のなさが原因なのかもしれない。

 

『われ日本海の橋とならん』
(加藤寿一著 ダイヤモンド社)

櫻田 薫   


中国には不可解なことが多いが、政治、経済も社会も正確に理解して日本の立場を整理しておかないと日本の安全が保てない。本書には、党幹部、エリート学生から庶民まで人脈のある著者しか観察できない旬の情報が多くある。彼は高校卒業後すぐ北京大学の国費留学生になり、大学院を終えて講師を勤める27才の青年だ。猛烈な勉強で語学を習得して現地人と変わらないレベルまで中国語をマスターした。学生時代に偶然インタビューされたテレビ出演が縁で(英国)フィナンシャル・タイムズなどで年間200本のコラムを執筆し、中国内で100回以上の講演をするようになって「中国で最も有名な日本人」と言われる。

才能とエネルギー溢れたこの青年が開設したブログのフォロワ―は胡錦濤主席を含んで70万人もおり、さらに増加している。彼のツイートは800万人が反応する。もちろん、中国には最大タブーのテーマがあり、天安門事件、宗教、人権など共産党支配に疑義を投げかける問題について直接の批判は許されない。厳しい言論統制の中で日本人の尊厳を維持して中国論壇で活躍するのは容易でないはずだが(著者は中国には自由な空気があると言うが)、たとえば尖閣問題でインタビューされた時の対応に彼の才覚が見える。有名人になると彼の発言は日本人を代表する発言として中国国民に受け止められるから、媚中でも嫌日でもない自立した公正な提言を続けなければ言論人として生きていけない。

独自の視点で論じた多くのテーマの中で、彼が街で出会って命名した「暇人」という階層の人々がいる。北京や各都市に住むおじさん、おばさんたちだが、昼間から公園に出てビールを飲み、マージャンや将棋を指しながら楽しく悠久の時を過ごしている。彼はここで中国特有の個人主義があり、住む持家と家族があれば出世を望まず、金持ちを妬まず、自分の家族だけを大切にする生活、お金はないが時間は充分ある人々の生き方を発見する。
中国人の大多数は急速な経済成長に追い立てられ、厳しい競争社会の中で余裕がない。それらと距離を置く「暇人」は彼の推計では3億人もいるが、政府にはその存在を維持する政策上の理由がある。

国内のインターネット人口は5億人と膨張し、学生を中心に発信される自由な情報は官製メディアよりも強力な影響力を持つようになった。国外の情報も容易に手に入るので、5万人もいるネット監視員が規制しようとしても限度がある。上述の最大タブーを別として政策批判は多発しており、インターネットは政府も無視できない世論を作り上げる。飲酒運転で人をひき逃げ事件を起こした男が発した「おれは李剛だ」(地方警察幹部の父親の名前)が流行語大賞を得たように、インターネット上で腐敗した官僚を批判する民衆の声が共鳴する。インターネットユーザーの多くは体制から外れた個人であって力はないが、デモ動員に見られるように連帯が容易であり、それは中国政府にとって脅威になりえる。少しでも反政府の機運が見つかれば世論に異常なほど敏感に対応したり、中東のジャスミン革命のような情報交流でも抑圧したりする理由は、13億の多民族国家を統治する共産党政権が絶えず国家の分裂を恐れているからだ。

周知のように役人の腐敗、超金持ちの成金と多数の出稼ぎの農民工の象徴する格差社会は大問題だが、一党独裁の中国で民主化革命が起きる可能性はあるだろうか。著者は当面、革命は起きないと言う。その理由はいくつか示されているが、なによりも国民の生活水準が毎年向上しているので、相対的に社会的不満は減少している。実利を重んじ自分以外に無関心な「暇人」の数が多いし、天安門事件の主役だった北京大学の学生も今では自分のキャリアを棒に振って民主化運動に身を投じる気はない、など革命は起きにくい背景がある。  
中国を建国したのは中国共産党であり、それは軍国主義日本と戦って勝利した結果であるとする「建国神話」の歴史教育を中国政府は長年実施してきた。この愛国教育は必ずしも反日教育ではないが、靖国参拝や領土問題などが起きると反日に結びつき、ナショナリズムの火がつきやすい。これが諸外国の中で日本だけが抱えるチャイナ リスクだが、現地に2万の日本企業が進出し、1千万人以上を雇用する貿易相手国になっている現在では、両国の経済的利害は一致している。だからデリケートな神経が必要な外交技術が重要になるが、最近の日中「戦略的互恵関係」という用語は、「親日」を標榜できない中国政府が考えた日本との友好を願う姿勢を意味するらしい。

中国の軍備拡張や領土政策に疑問をもつ日本の読者は本書を物足りないと思うかもしれないが、著者の日中友好を願う気持ちは理解できる。政治以外にも中国人の「面子」の重要性など面白いテーマが取り上げられている。このような発信力をもつ国際人は日本にとって貴重な存在であり、本書タイトルが示す目標をもって今後の活躍を期待したい。

『サラの鍵』
(タチアナ・ド・ロネ作 高見浩訳 新潮社)

石井 義高   


間もなく開戦日。そして第2次世界大戦が終わって66年、戦争体験世代も
高齢になり、戦争の悲惨な実体験を今のうちに次の世代に伝えるのは重要
な事であると思う。今年も戦争にまつわる報道が沢山見られたが戦争の
不条理は日本だけの事ではない。

1940年にドイツ占領下のフランスに誕生したヴィシー政権はナチス・ドイ
ツに迎合する政策を積極的に推進した。1942年7月16日にはフランスの警
察がパリとその近郊に住むユダヤ人13,152人を一斉検挙してヴェロドロー
ム・ディヴェール(略称ヴェルディヴ)と云う屋内競技場に押し込め、ほぼ
全員をアウシュヴィッツに送り込み、戦後、生還できたのは約400人に過
ぎなかったと云う事件があった。

フランスではこの事件を国家の恥部であるとして長くタブー扱いして来た
が1995年にシラク大統領がフランスの警察が行った事実を認め、国家とし
て正式に謝罪する演説をして一般に知られる所となった。
この小説の作者リチアナ・ド・ロネは1961年にパリで生まれ、パリとボス
トンで育ち、イギリスの大学で学んだ後、パリでジャーナリスト、作家に
なった女性である。
彼女自身シラク大統領の演説まで「ヴェルディヴ」の事件を知らなかった
が、知ってからは事件の実態解明と当事者探しを精力的に行い、この事件
を広く知らせたいと云う熱い思いでこの小説を書いたと云う。
 
話は事件の被害者で奇跡的に生き延びたユダヤ人の少女「サラ」の悲劇的
な運命の軌跡とアメリカ人記者ジュリアの執念深い事件究明の過程が並行
して進行し、途中で全く意外な展開からこの二本の線がつながり、もつれ
合い、息詰まるような終末を迎える。戦争によって破壊される市民の人生、
肉親の深い愛情、逞しく自己を貫く女性の生き方など様々な内容を盛り込
んだ読み応えのある小説である。日本語訳も良くこなれた読みやすい文章
で、読み始めると置き難くなる本である。



 

 

 

 

早いもので今年も師走に入ります。
今年は、実に激動の年で、3月の震災、原発問題をはじめとして、政治面
では増税問題、TPP問題など、また、海外では欧州経済の不安定化等で日
本及び日本人は揺れ動いた、あるいは、揺れ動かされた一年だったと思い
ます。これらは来年以降にも影響を及ぼすものと思われますが、これを乗
り切るためには、まずは、「己を知る」ことが重要のようです。

「彼を知り己を知れば百戦あやふからず」にふさわしい多面的なご寄稿を
ありがとうございました。(H.O)





 
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