最近、現代自動車やサムスン、LGという韓国の大企業の躍進ぶりが新聞紙上をにぎわしている。特にサムスンやLGの活躍ぶりは目覚しく、日本のソニーや東芝、パナソニック等の大手企業のシェアを完全に凌駕、TV部門では世界一、二位の地位を獲得している。著者は、日立製作所、日本鋼管を経て1994年からサムスン電子常務として10年間CAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進、サムスン電子の躍進に貢献。その後2004年からは東京大学ものづくり経営研究センターにおいて「日本のものづくりの方向性」について研究に携わり、サムスンを題材にした講演もしばしば行なっている。小生は偶々著者の講演を聞く機会に恵まれ、その内容が面白かったことも手伝って、本書を購入したものである。
本書は、著者がサムスン電子在籍期間中の体験をベースにサムスンの成長振りを述べている。著者によると、90年代初頭までのサムスンはモノマネに近い製品を日本の製品価格より2割抑えて販売方針として掲げて業務運営を行なっていたが、李健煕会長の1993年に行なわれた「フランクフルト宣言(妻と子供以外はすべて取り替えると宣言)」から大改革に着手して、世界企業へと成長していく変化を目のあたりにしたとのこと。
李会長がこの宣言を行なった背景には、当時のサムスンの体質に不満を抱いたというだけではなく、世界の産業構造が「国際化」から「グローバル化」へと変化していく流れを敏感に感じとっていたと指摘している。
当時社員のほとんどは、危機意識(“自分が生き残れるか”と身の危険を感じるレベルの話で対策を考える必要)はまだなく、危機感(景気が悪くなっている時に、“こんな状況はいつまで続くのか”と不安を抱き、“そういう状況をいつまで我慢すればいいか”と考えるレベルの話)にとどまっていた。
フランクフルト宣言によって社員は危機感から危機意識に移行、1997年のIMF通貨危機の際には、生き残りを懸けての事業売却、グループ会社も140社→83社に縮小、役職員の給与:30%カットなど思い切ったことを次々に断行しサムスンは立ち直れたが、これは意思決定の速さと強さが生かされた結果と言われている。
グローバル時代の今日では、世界中の企業を相手にした競争は、「リーグ戦」から「トーナメント戦」に移っており、一度負ければ次はなく、たち止っていたり、様子を見ていたりする余裕はなく、そこでは「意思決定の速さ」が何より重要と述べ、日本の“石橋を叩いて渡る”という風潮よりも、韓国の“腐っている橋でも渡り、渡り終えたあとにはその橋を壊す”という感覚のほうが現在のトーナメント戦に向いている、と指摘、グローバル化後の産業構造におけるスピード経営の重要性を述べている。
著者が本書で述べているサムスンの他の主な強みを日本メーカーと比較しながら列挙すると、
1.誰もやっていないから自分がやる。とにかく大事なのは“先頭を走ること”。2番手では駄目。
こうした考え方は、利益を出すため、勝者になるためには必要な姿勢であり、GEのCEOであったジャック・ウェルチの“世界で1位か2位になれない事業からは撤退する”という姿勢に通じるところがある。
2.品質は“顧客が決めるもので、メーカーが勝手に決めるものではない”。
品質には、松・竹・梅があり、顧客は松がいいのか、それとも梅でいいのかを自分で決めるが、日本のメーカーはそのことを忘れている。日本のものづくりは「操作のしやすさ」、「乗り心地のよさ」等、“さ”がつく面を重視して開発しているが、こうした要素は数値化しにくいもので、個人の感覚で異なり、「高コスト構造」に帰結し、価格の上昇につながる。
3.日本の製品価格設定の“足し算方式”(必要なコストを計算し、製造原価や確保したい利益を加算)に対し、サムスンの場合は売れる価格をはじめに設定、その価格にするために削減を許されるコストを算出、そして製品開発を進めるという、いわゆる“引き算方式”(日本と逆の思想)。
世界各地に、「地域専門家」を配置して各地の情報をキャッチアップし、地域ニーズにあった製品の企画を実行。新興国のユーザーが必要としていない機能はすべてはずし、材料費の大幅削減に奏功。
4.開発設計は先行投資で、多大な時間とコストを要するため、サムスンは現在でも技術開発と開発設計にはあまり力をいれていない。その部分は先行するメーカーの新技術をキャッチアップ(リバース&フォワード・エンジニアリング)することで補完している。開発投資が製品化されるのは1〜2割程度であり、開発設計投資を抑制する意味は大きく、一方実利的な量産設計に注力、お客様の求める様々な商品を早く安く提供することで、顧客ニーズに応えて利益率をアップさせていった。等を指摘している。
また,著者によると、サムスンの李会長は松下幸之助氏から多くのことを学び、その精神を日本人の誰にもまして受け継いでいるとのこと。
松下幸之助氏のいう「商いの心」は
1.お客様大事の心、2.お客様の声を聞く、3.使う人の身になり、魂を込めたモノづくり、4.損して得取れのサービス心、5.儲からなければ意味はないという利益感の5つにまとめられるが、これらをサムスンのやり方と比べて見ると、
1.4.は、不平不満を丁寧に聞いて、不良品がでたらすぐに直して顧客を待たせないようにしているCSセンターのあり方等がそれに沿っており、
2.3.は、地域専門家を育成し、顧客の声を聞いた地域密着型のモノづくりの構築と合致。
5.についても、サムスンでは、営業利益率は2桁以上、ROIは10%以上が目標である。
一方で著者は、今の日本経済が危機的状況を乗り越えられずにいるのも、グローバル化へという時代の流れを読み取れずに対応が出来なかった〜具体的には日本の企業はグローバル化に対応したスピードの大切さを軽視、技術の追求に特化しすぎてしまったこと、さらに(トップを目指すという)ひたむきさを喪失、中流で満足してしまって競争力をなくしてしまっている〜とも述べている。
そして、日本と韓国・中国を次のように比喩し、今の日本に求められていることは、
“待つことではなく、動くこと”で、IMF危機の際の韓国にも負けない“危機に向かう決死の行動”こそが現状を打破する力である、と本書の中で力説し、意思決定のスピードをあげないとグローバル競争には勝てないと主張している。
韓国;金と度胸といいとこ取り戦略、
中国;金と脅しといいとこ取り戦略、
日本;伝統と伝承と負け惜しみ(度胸なし)戦略
東日本震災の復興が遅々として進展しないのも、こうした日本人の危機意識のなさが原因なのかもしれない。