トーラーとはユダヤ教の聖典でモーゼに啓示された律法のことである。ユダヤ人とは正しくはユダヤ教徒としてトーラーの教えを遵守する人びとのことで、民族的、人種的な概念でなくその中にはアラブ系もアフリカ系も含まれる。1000年以上の流浪や混血で血統的な民族集団が維持されているとは思えないが、母親がユダヤ人の子供もユダヤ人とされる。したがって世間でユダヤ人と呼ばれるのはユダヤ教徒だけでなく、世俗的なユダヤ人、キリスト教に改宗したり無神論者のユダヤ人も多い。
19世紀末にヨーロッパの非宗教化の流れにのってユダヤ民族主義が出現し、ユダヤ人としてエルサレムに自分たちの国家を建設しようとするシオニズム運動が生まれた。その背景にはBC10世紀にソロモン王がパレスチナの地に古代イスラエルを建国して以来、ユダヤ人はたびたびの亡国によって離散し、欧州では迫害と差別の長い歴史がある。1948年、英国などの支援でパレスチナの地にイスラエルが建国されたが、そこは伝統的なユダヤ教徒だけでなくイスラム教徒も共存していた土地であった。
それが現代の世界が抱える大きな問題を産んだ原因であるが、敬虔なユダヤ教徒たる本書の著者が告発するのはシオニズム自体である。シオニズムは、信仰に基づくユダヤ・アイデンティティを他の西欧諸国にならって民族アイデンティティに変容させ、パレスチナの地に支配権を確立したいというナショナリズムになった。パレスチナ人の軍事的な抑圧はトーラーの教えに背く行為で神への反逆である。著者によれば、世俗的なイスラエル国を「ユダヤ国家」と称することは信仰と民族性を混同することになる。
シオニズムの政治イデオロギーは、反ユダヤ主義が世界中に存在する中でイスラエルをユダヤ人が安全に暮らすことができる唯一の土地とするが、イスラエル国民よりもはるかに多い世界中のユダヤ人は信仰を守り、それぞれの国の国民として属する国に忠誠を誓っている。
イスラエル建国により世界各地のディアスポラ(離散)の地にいるユダヤ人がすべてイスラエルを祖国として収容されることで自立させるとする考え方は正統的なユダヤ教の伝統と相容れない。現在、世界各地でイスラエルの独立記念日を祝うデモがり、それに反対するユダヤ教徒との衝突があるが、シオニズムに対するユダヤ教の根深い抵抗を示している。