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2004年10月1日 VOL.19

■書評
・『故郷忘じがたく候』― 板井 敬之
・『裏帳簿のススメ』― 新田 恭隆
■映画評
・『堕天使のパスポート』― クレマチス尚美

【私の一言】
『アメリカ便り(2)─── お前のせいだ』 濱田克郎

 

 

『故郷忘じがたく候』
著者:司馬遼太郎  出版社:文春文庫

板井 敬之 
 この作品は、鹿児島の薩摩焼宗家沈寿菅家と、その十四代当主について書かれたものである。これまでに何回か読んだが、その都度不覚にも涙で活字が滲むところが、三箇所ある。
 その一は、十四代当主が旧制鹿児島二中に入学したその日に“朝鮮の血”を引くが故に、いじめに遭うことを予期した十三代夫妻が、十四代を門の外で迎える件(くだり)である。その二は、長じて後の十四代が、流行の展覧会作品を作りたいと父君(十三代)に願い出た時に、これを「許さず」とし、なおも食い下がる十四代に「息子を茶碗やにせいや」「わしの役目はそれだけ、おまえの役目もそれだけしかない」と答える件である。三つめは、十四代が昭和41年にソウル大学ほか二大学に招かれた折に、同大学の講演で「あなた方が『日帝36年の圧制』を言うなら、私は『慶長の役』で“拉致”されて以来の370年を言わねばならない」とし、「新しい国家は過去に囚われずに、前に進むべき」と締め括ったところ、聴衆は自分たちの本意に一致しているとして、拍手の代わりに、当時、韓国の全土で愛唱されていた『青年歌』を以って応えた件である。
 文庫本にして60ページ足らずの作品だが、「父親の愛情とは」「先祖代々の“血”とは」等々考えさせる一篇で、司馬遼太郎の小説中“第一等”に推されるべきものと思うが、如何であろうか。




『裏帳簿のススメ』
著者:岡本吏郎  出版社:アスコム

新田 恭隆  
 ふつう会社は減価償却費を法定耐用年数によって算出する。この法定耐用年数は税法の算定基準であって必ずしも企業会計を念頭に置いたものではない。昨今は技術の陳腐化速度や事業環境の変化が早くて事業の現場では法定耐用年数を使いきっていては競争に遅れをとるのが現実である。例えば、ロードサイドレストランの設備リニューアル投資の法定耐用年数は20年である。20年間もリニューアルしないで売上が確保できるところなどおよそ考えられない。
 会計士や税理士の指導で損益計算書を作っている中小企業などではそれは表向きの計算資料としておき、実際の経営に当っては自ら「裏帳簿」を作って表向きの計算資料(これを表帳簿という)を現実の耐用年数(上の例でいえば6年)から計算したものに修正すべきである。あるいは、売掛金はどんなに注意していても若干の貸し倒れは免れないが、これを損金処理するための税法の基準が極めてきびしい。これも裏帳簿では早々に損失計上して含み損をおもてに出す。
 このようなことから、表帳簿では利益が出て税金もたっぷり払っているようでも、本当はそれほど利益が出ていない場合が多い。これも上の例でいえば必要な店舗リニューアルができないことになる。そのためには裏帳簿によって現実をしっかりと把握しておくことが肝要である。
 裏帳簿のススメとはあまり品のよい書名とはいえないがそれだけ本音の本で、極めて実践的な会計指南書といえる。この本がベストセラーになっているのは裏帳簿という書名に引き付けられた面はあろうが、読んでみたら意外にまじめな本でおもしろく口コミなどでうわさが広まったのであろう。
 後半の実践面もなかなかユニークである。ただ計表の誤植が若干ある。(112ページ、164ページ)。



『堕天使のパスポート』(イギリス映画)
監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:オドレイ・トトゥ/キウェテル・イジョフォー

クレマチス尚美 
 「こんな裏社会があったなんて…」大半の日本人には想像し難い映画です。
題名に興味があって観に行ったのですが、サスペンスなのか恋愛物なのか、観ていて痛ましく、ラストの展開がなかったら最後まで重苦しい気持ちのまま終わったでしょう。
 トルコ人女性のシェナイは日々移民局の目に怯えながら不法就労を続けている。夢はNYへ行くこと。そのためにはどうしても1冊のパスポートが必要だった。「夢を見るより現実を生きろ」大きな愛で見守るオクウェの言葉もシェナイには耳に入らない。ナイジェリアからやって来た彼もまた不法滞在を続けている。
 夢実現のためにシェナイは様々な屈辱を味わい、最後は臓器提供という命がけの手段まで取って手にした偽造パスポート。しかし、そのために彼女は人間として女性としてどれほどの物を失ったことか。夢の実現のためとは言え、人間そこまで出来るものかと凡人の私は胸が痛くなりますが、逆に何としてでも叶えたい夢があったからこそシェナイはどんな屈辱にも耐えられたのでしょう。
 夢とは生きていくための大きなエネルギーです。
 イギリス製作の移民映画とでも言えるような、登場人物はトルコ、アフリカ、スペイン、中国、インドなどの不法移民ばかりで、何かを期待してやって来た彼らは結局大都会の日陰で遠慮しながら生きて行くしかないのです。
 邦題「堕天使のパスポート」より原題「Dirty Pretty Things」の方がこの映画のテーマがわかりやすく、弱者が生きるため、目的を遂げるためなら時には汚れた裏事情も正当化されるのかも知れません。





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『アメリカ便り(2)─ お前のせいだ』
濱田 克郎
 暫く前にこういう話を聞いたことがある。
 或る日本の会社の人が米国へ赴任することになった。奥さんと高校生の息子を日本に残し当然の如く単身赴任。本人は現地での責任も重く、当然の如く仕事優先で働きに働いた。日本に帰国した際、奥さんから相談事を持ちかけられてもたいていはうわの空。そのうち息子は大学受験に失敗し浪人に。ここにきて、父親としてあれこれアドバイスだか説教だかしたところ、“俺が苦しいときにそばにいなかったくせに今更親父面しないでくれ。俺が受験に失敗したのはお前のせいだ。自分もアメリカに行っておればこうはならなかっただろうに。”という類のことを言われたそうな。
 この話を聞いて暫くは涙が止まらなかった。なんと悲しいことか。家族を残して海外に単身赴任もさぞ大変だっただろう、残された家族もまた苦労があったことだろうと。だけれどももっと悲しかったのは自分のことを人のせいにするような風にその子供が育ったことだった。おそらくは子供の将来を考えた場合、日本の良い大学に入学させるのが本人のために良かろうと思って当然の如く単身赴任となったのだろう。家族を連れて行くのも涙、残すも涙である。
 この場合、“良かれと思って”“当然の如く”というのが問題だったのではなかろうか。
 高校生ともなれば、必要な情報を与えた上で、“日本に残るかアメリカに行くかよく考えてみなさい。どちらもつらいことも良いこともあるよ。”というようなことも選択肢としてはあったかもしれない。なかなかすぐには決断しにくいかもしれないが、少なくとも自分の決断である。事が上手くいかなかった場合とかく人のせいにしたくなるものだろうが、自分で決めたことにはそうはいかないのではなかろうか。








 
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