2〜3年ほど前にたまたま深夜放送で、「千の風になって」という詩が朗読されるのを聴いた。なんという美しい詩であろうかと思った。しばらくの間その片言隻語が耳から離れなかった。先日近くの図書館で同じ題名の本を目にして、ラジオ放送を聴いたときのことがよみがえった。
この詩は欧米の作者不詳の詩を新井満という作詞・作曲家が日本語に訳したものである。新井氏は幼な馴染の一人が最愛の夫人を病気で亡くし、その後出版された追悼文集のなかに「1000の風」という西洋の詩を見出した。その詩に感銘を受けた氏は英語で書かれた原詩を探し出し、改めてそれを日本語に訳しなおし、さらに曲をつけた。たまたま、新井氏の友人で朝日新聞に「天声人語」を執筆している小池民男氏がそれを新聞で紹介したところから一挙に有名になり、詩に対する問い合わせが殺到、その後C
Dにもなった。そしてとうとう昨年暮れには、紅白歌合戦で歌われるに至り,いまや1日のうちでこの歌が聴かれない日はほとんどないまでに人口に膾炙されるにこととなった。
この詩はアメリカではかなり有名で俳優のジョン・ウェインがある映画監督の葬儀のときに朗読したり、マリリン・モンロウの25回忌のときにも読まれたりしている。新しいところでは、貿易センタービルを破壊した同時多発テロの追悼集会でも朗読されたという。
新井氏はこの不詳の詩の作者をアメリカインデアンの一女性ではないかと推測し、ひとつの短い物語に仕立て上げた。その物語がまたすばらしい。
ウパシ(雪)とレイラ(風)という名の幼な馴染がたくましい青年と美しい娘に成長し、互いに愛し合って結婚する。妻は娘を出産した直後から体調を崩し、夫の必死の看病にもかかわらず死んでしまう。夫は悲しみのあまり幼い娘を道づれに後を追って自殺しようとするが、亡き妻のベッドの下から一通の手紙が出てきた。その中に死の床で最後の力を振り絞って書き残した一篇の詩があった。ウパシは気がついてみると風にも光にも山の雪にも川の流れにも空を飛ぶ鳥にも野に咲く小さな花にもレイラの息吹きを感じた。そして横に眠る娘が愛する妻の生まれ変わりであると悟り、娘とともに残された生を全うしようと満天の星の下で妻に誓うというのがあらすじである。
人は死ぬと風となって吹き渡ったり、自然のなかに形を変えて生き続けるという思想は残された家族などに大きな慰めと勇気を与えてくれるのではないだろうか。生命科学者の柳澤桂子氏は、この宇宙に存在するものは原子レベルで見る限り何一つ増えたり減ったりはしないとして、宇宙の真理は般若心経の「空」の思想に通ずると説いている。万物は絶え間なく変化を繰り返し、生々流転してやまないという仏教思想が思い出されてならない。
以上
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