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2006年5月1日 VOL.57

 

 

『武士の家計簿』 
 
著者:磯田道史  出版社:新潮社(新潮新書)

片山 恒雄 

 本書は加賀藩(前田家)の下級武士である猪山成之が幕末から明治初年にわたる37年間に記した詳細な家計の記録を分析したものである。猪山家は、5代にわたり加賀藩に仕える御算用者(ごさんようもの、今で言えばそろばん係)の家系である。切り米40俵という小身、しかも直参ではなく陪臣であり、当然ながら生活は非常に苦しい。一方、武士としての体面を保つ必要から、収入を上回る定常的な支出が嵩み、ついに借財は年収の2倍に及ぶこととなる。当時の金利は年15%を越えるのが普通であり、本書の主人公成之は一大決心をもって家財のほとんどすべてを売りつくした上に残債の返済繰り延べにより、家の財政の立て直しをはかる。
その後、成之はその誠実な仕事ぶりを藩主に認められて、維新の直前には、知行180石を受ける上士にまで取り立てられる。さらに維新後には、新政府にとって貴重であった会計の技能を買われ、海軍の主計大監にまで上り詰める。当時、新政府の幹部の俸給は民間と比較して桁違いに大きく、猪山家の家計は見る間に豊かになっていく。成之は、これを見て子弟および一族にたいして幼少から英才教育を施し、ほとんど全員を海軍士官に仕立て上げた。しかし、好いことばかりは続かず、その後、猪山氏の一族は成之の三男が日露戦争に従軍して戦死、続いて甥が海軍軍事施設の造営に絡んで収賄罪に問われ、猪山一族は新聞記者に追いかけられる身となる。
こうして見ると、維新前後の猪山家からは、金融破たん・地価下落・リストラ・教育問題・利権と収賄それにつづく報道被害など現在の世相をそのまま凝縮した実態があぶり出されてくる。著者はあとがきで「歴史とは、過去と現在のキャッチボールである。」という学生時代に学んだ言葉をあげ、今を生きるわれわれが自分の問題を過去に投げかけ、過去が投げ返してくる反射球を受け止める対話の連続であると述べている。そして、さいごに「人にも自分にも、このことだけは確信をもって静かに言える。恐れず、まっとうなことをすればよいのである………。」と。そして、この言葉こそが現在に生きるわれわれ日本人に真に求められていることではないだろうか。




 
『ゆりかごから墓場までの夢醒めて』
著者:マークス寿子   出版社:中央公論社
『消費税15%による年金改革』
著者:橘木俊詔   出版社:東洋経済新報社
堤 貞夫 

 年金改革の問題は、少子高齢化社会の現実化と共に、わが国最大の課題となりつつある。そこで、私の最近読んだ2冊の本をセットで紹介したい。社会福祉の基本的な考え方を英国の例で知ることと、年金改革に関するきわめて具体的な提案について、である。
 マークス寿子氏は「英国貴族になった私」以来、大人の国イギリスと、こどもの国日本の、物の見方や行動の違いについて、歯切れよく、いつも新たな目を開かせていただいている。
「ゆりかごから墓場までの夢醒めて」は、マークス寿子氏が70年代に英国社会福祉政策を見学に来る日本人役人、福祉関係者の通訳を頼まれるうちに、すっかり専門家になってしまったことから、この数十年の英国の社会福祉政策の変遷と、その基礎にある考え方、市民活動の実態につき、著者の実感によって詳しく記されたものである。歴史的に事実が展開し、実に興味深い。
 
 ・英国社会福祉の形と心  福祉政策の理想、「ゆりかごから墓場」と現実
  福祉改革をめぐる保守・労働党の競争
 ・国民保健制度の苦しみ  病気治療は全て無料、みなが健康になれば医
  療費は減るはず
  現実は患者が激増、医者は海外に流出、大赤字が残った
・老人福祉の先輩国、ボランタリー活動、生きがいを求めて、乳母国家
 からの脱出
   赤字改善は別として、英国の社会風土、ボランタリー活動、などにつ
   いては敬服する所が多い。
私は、たまたま最近この本を読んだが、この1995年に書かれたものが、まさに今の日本にぴったりと適合すること、ものごとには、それを理解できるタイミングがあることが分かった。
 橘木俊詔氏は、京都大学教授、年金経済学の第一人者で日本経済学会会長もされているが、今回「消費税15%による年金改革」という、思い切ったご提言を出版された。橘木教授の言では、これまでの年金改革は、給付額のカットと、年金保険料のアップが繰り返されているだけで、これでは将来に対する不安が増大するばかりで、解決策ではない、とされる。
今回のご提案は、消費税率15%という、現在の政治家が聞くと卒倒するのかもしれないが、細密な分析・論証で、私が不十分な知識で読み通してみて、殆どすべての議論に同感する。
まず、消費税15%は福祉先進国と同様、日本でもやがて常識になると思うべきであると思う。その代わりに、40%にもなっている国民年金の未納が無くなる。官民、個人の間で錯綜している制度が一本化され、官の優遇が無くなる、非正規労働者、専業主婦への不平等も無くなる。
 基礎年金が一定額保証されるので、老後の心配が無く、消費に向かうことが出来る。
 今回の論文は、京都大学における先生のゼミナールで学生と討議されたものの集約で、第1部が教授、第2部が学生の執筆であるが、基本となる制度の一元化、消費税による基礎年金全額負担については、両者の意見は一致したそうである。このような研究の進め方も面白い。
 この議論が、少しでも早く国民の合意に向かうことを期待してやまない。





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『アメリカ便り(9)  幽霊』
濱田 克郎
 レストランで一人食事をする時にはバーのカウンターに座ることが多い。気分が向けばバーテンダーと話をすることもできるし、見知らぬ人と話をすることもできるからである。
 フロリダの小さな町のレストランでいつものように食事をしていたら、すぐ右となりの席に座った初老の男性から話しかけられた。“お前さんは幽霊を信じるかね。”中肉でやや長身、白の多い胡麻塩頭、顔に見覚えはある。確か、前に一度だけ話をしたことがある顔だが、そのときはお互い名前はなのらなかった。今回は話しかけられた後互いに名前をなのった。彼の名前はボブだという。ボブはニューヨーク州出身。デトロイトでフォードの工員をしていたが10年ほど前に会社を辞めてフロリダに引っ越してきたそうだ。奥さんとはだいぶ前に離婚し、今は中部フロリダの小さな町にあるトレーラーハウスに一人暮らしだという。最近はデジタルカメラでこの近辺の豊かな自然、とりわけマナティ(ジュゴン)などを撮影しているそうだ。
“自分自身として積極的に信じる方ではないが、少なくともそう信じる人に”馬鹿げている“ということはない”というのが私の答かなと返事したところ、おもむろに彼が続けて言った。“このごろいろいろ変なことがあってね。このあいだも、たしか寝室においてあったはずの彼女のネックレスが、洗面所にあるのだよ。”と、声を潜めて囁くのである。更に話を聞くと、離婚した奥さんは何年か前に亡くなったのだそうだ。“これだけではなく、時々似たようなことが起こるのだよ。”というバックグラウンドの話を聞いて、冒頭の唐突とも思える彼の質問の意味がわかった。
“人と人とのコミュニケーションは、言葉でなされることもあるし、目と目でされることもある。それ以外の方法でコミュニケーションがとられることもあるかもしれない。自分は敏感でないから気付かないだけかもしれない。あなたがおかしいということではなくて、人より敏感なだけかもしれない。昔に比べて敏感になった気はしませんか”と話したら、そうなのだ、と安心したように身の上話をしてくれた。前述のことに加え、テントでのキャンピングが好きなこと、ソーセージ・ハムなど燻製をよく作ること、自動車の労働組合の“Do Nothing”の方針に従っていた時のつけが今きていると感じること、一人暮らしで寂しい思いをしていることなど。
“寂しそうにしているときに“元気を出しなさい。私がついているのよ”という彼女からのメッセージかも知れない“と言う人がいても私は驚かないと言ったら、彼はにっこり微笑んだ。





 
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