先ず、この本の異様な名前は、アメリカ最大と称される企業投資・買 収会社の社名である。
最初に本書に基づいて、同社の概要を紹介しよう。この社名は,共にリー マン・ブラザースを退社した共同創設者のS.シュルツマンのSchwarz=ドイツ
語の『黒』と、P.G.ピーターソンのpeter=ギリシャ語の『石』とを合わせて 名付けたもので、1985年に設立,事業内容は、プライべート・エクイティ・
ファンド、不動産投融資、投資アドバイザー、レバレッジド・ファイナンス などで、本社はNew Yorkに所在し、世界主要都市7ヶ所に支社を有するが、
東京にはない。そして2010年の業績は売上高3.114百万ドル、純利益1.418 百万ドル(純利益率45.5%)、純資産17.741百万ドル、運用資産119.115百万
ドルという、現在では世界最大と称される総合的投資会社である。
本書は、 M&Aや未公開株投資の専門雑誌『ディール』の2人の記者が、 主として当事者達との面接によって得た情報を基にして、上述の特定M&A
専門会社を中心に、 主としてその誕生から08年夏のリーマン・ショック時 迄の発展推移を辿ることにより、この間のアメリカにおけるM&A市場の紆
余曲折について、ケース・スタディを多用しながら描写・分析したもので ある。但し、業界紙の記者が著した本であるだけに、この業界の恐らく過
酷極まりない内幕や、億ドル単位で儲けた当事者達の評価は勤勉か強欲か というような、業界内部のマイナス面については殆ど触れていない。
話は、1960年代か流行したコングロマリット(業務内容に直接の関係がな い事業を多数傘下に収めた複合企業形態)から始まる。これが70 ̄80年代に
入り、景気変動の波が大きくなった結果などから、その経営効率化が要請 されるようになると、経営不振などの子会社を手放すというコングロマリ
ットの解体が進んだ。そして、これら経営不振企業の多く受け皿として、 LBOという手法で調達した資金で、M&Aを商売とする企業が発足・発展す
る契機となったと云われている。なおLBO(leveraged Buyout)は、 買収先の 資産およびキャッシュフローを担保にして調達した資金で、不振企業を買
収し、その企業を改革することによって、事業再建・キャッシュフロー増 加により負債を返済するという M&A手法の総称である。
かくて80年代前後から、景気上昇、株価高騰の中で、LBOを専業とする 企業が発生し、年金基金、学校法人などが、年率25 ̄40%という高リターン
を齎すLBOファンドに投資を増加していく一方で、LBO企業は『乗っ取り 屋』とか『ハゲタカ』という悪評も高まったが、その少なからずは、企業
買収に際して現経営陣の協力を求め、友好裡に経営改善を行い、ホワイト ・ナイトの役割を果たすケースもあったという。
徒手空拳でLBOという方法で資金を調達していったプラック・ストーン (以下B.S.と略称)の創設者達は、85年に共同出資の40万ドルで商売を始め、
当初は資金調達に苦労したものの(日本からは当時の日興証券が参加)、ケ ミカル・バンク(後にチェース,J.P.モルガンを買収・併合して,現在のJ.P.モ
ルガン・チェースの前身となる銀行)との関係を強めたことで、後のJ.P.モ ルガン・チェースを作ったのはB.S,であり、またB.Sが業界トップに駆け
上がる原動力になったのかケミカル・バンクであり、後のJ.P.モルガン・ チェースのバックアップがあったからだと云われる。なお現在のBSでは、
資金調達額のほぼ半分を州・地方政府の年金基金が占めているという。
蛇足ながら、80年代末期にB.S.が仲介した日本企業のプロゼクトとして は、88年のブリジストンによるファイアストーンの買収(6億ドル)、89年
のソニーによるコロンビア・ピクチャーズの買収(50億ドル)を挙げている。
要するにLBO企業は、原則として、不況期に不振企業を買収し、経営 改善を行った上で、好況期に高値で売却して利鞘を得るという商売であ
るが、常時順風漫歩という訳にはいかなかった模様で、特に80年代以降 のアメリカ西部では、シリコン・バレーを中心としてペンチャー・キャ
ピタルに支援された新しいIT産業が台頭してきたのに対して、東部では、 在来産業を中心に商売してきたLBO企業は、この新規産業に触手を伸ばし
たが、2000年代初期のIT不況により、そのプロゼクトの多くは失敗した。
なおこの時期、業界の呼称LBOやbuyoutという言葉のイメージが余りに も悪かったことから、この業界はPrivate
Equityと改名して、投資先企業 を改革=リストラすることで、新たなをエネルギー生み出す産業界の職人
というイメージを打ち出すなど、西部の先行に対抗するためのイメージ ・チェンジに努めた。
B.S.は、02年には創業者が新しく若い共同経営者を受け入れ、不動産 投融資分野にも進出、06年には株式公開を果たし(この公開により、共
同経営者のシュワルツマンは23億ドル、80歳で引退したピーターソンは 19億ドルを儲けた)、07 ̄08年の金融システム崩壊時にも、同社の株価は
最高値の90%も下落し、08年後期には無配に陥ったにも拘わらず、不動 産部門は別として、買収企業で倒産したのは僅か1社に過ぎなかったと
いう。
以上,B.S.のようなプライベート・エクイティ会社は,現在のアメリカで は益々その事業範囲を拡大しつつあり、社会的にもその存在意義を高め
ているようだが、本書読了後の感想として、ここでは第一に、この種金 融会社の社会的な合理性如何について、第二に、この種金融会社の将来
性如何という問題について、簡単に触れておこう。
本書では、取上げている何れの問題についても、アメリカに限っては、 上述の通り当業界専門誌の記者が著した本であり、従ってその評価につ
いては殆ど肯定的意見で終始している。然し、それにも関わらず、現在 のアメリカでも、その『ハゲタカ的』性格が云々されていると明示して
いるし、いわんや現状の日本では、資金調達、リスク、情報力、コンサ ルティング能力などの各分野からみて、
今後とも、このようなプライベ ート・エクイティ専門会社が産まれる可能性は少ないと考えられ、今後 とも、日本企業のM&Aは、内外を問わずその殆どは、これらアメリカ系
専門企業に依存せざるを得ないであろう。
次に、各種年金基金、大学基金や億ドル単位の富裕者のニーズに合わ せたグローバル規模の融資,株式・債券引き受け・募集、不動産投資、ヘ
ッジ・ファンドなど、何でもありの金融多角化の途を歩みつつある新種 の金融機関が出現する可能性も窺われるプライベート・エクイティ会社
というものを、既存の銀行、証券・信託会社などとどのように区分するか。
勿論,この質問に対する回答は本書では提起されていないが、アメリカで は、これらの金融機関はそのニーズや効率性に合わせて、次第に既存金
融機関と融合していく可能性が大きいのではあるまいか。
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