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2005年11月1日 VOL.45

 

 

『新人生論ノート』
著者:木田元  出版社:集英社新書

河西 孝紀 
 本の題名をみた諸兄はすぐ戦前戦後、学生の必読書の一つと言われた三木清の「人生論ノート」を連想するに違いない。しかし、本書は哲学者が書いたものにしては、くだけた表現で人間の生きざまや、死について興味深く書かれている。
 小生は三木清が哲学者であるから人間的にも優れた人物と思いこんでいたが、本書では彼の名誉欲や猜疑心、嫉妬心が非常に強かったとその人柄を誹謗された事実を明らかにしている。 また、著者が研究の中心にしたハイデガーもナチスに加担しただけでなく、人柄にすこぶる問題があったが、学問的にはすごい思想家だと思うと言っている。
 「これらの例から人柄と思想の関係をどう考えたらよいか、複雑な気持ちにさせられる。いつもニコニコして、誰からも好かれる人が大哲学者になれる筈が無い。大思想家など性格が悪いに決まっている」と以外な事を述べている。
また、デカルトの「理性」としての自我の自覚こそが近代哲学の出発点であり中心的な役割を果たしていると言われているが、この「理性」と云うのが日本人の云う「理性」の概念とは異なるものであり、デカルトの云う「理性」が著者を含めて本当に解っていないとまで言っている。
 これを読んで哲学の入り口で頭をかかえている自分を少しばかり安心させてくれた。 更には「見えないものは見えない、解らないものは解らないと認める事が、われわれ自身の思索の第一歩だった筈だ」と謙虚な心構えを説いている。
本書は一般の哲学者とは少し視点を変えた処から人生論を述べているのが面白い。
 自分の人生を見つめ直す本としてお奨めしたい。



『日露戦争史』 
著者:横手慎二  出版社:中公新書

山本 俊一郎

 阿片戦争で清国が敗北したことを知り、欧州諸国の植民地化におびえて開国して近代国家建設を目指した明治の日本にとって、日露戦争は国家の命運を賭した戦争だった。戦争が終わったとき、日本は人的・経済的資源を殆ど消耗しきっていた。今に続く朝鮮半島との諸問題、中国との軋轢の原因はすべてここに始まったといえるだろう。
 この時代は、欧州列強による植民地獲得競争の最後の時期に当っていた。ロシアは、その特殊権益を清国から満州に拡大しようとして、遼東半島を租借して東清鉄道を敷設し、鉄道警備のためと称して軍隊を駐留させ、更に朝鮮半島を窺う様子をみせていた。遼東半島は日本が日清戦争の結果、一旦、清国から割譲させながら、独・仏・露の三国干渉に屈して清国に返還させられた地域であった。近代建設の緒についたばかりの日本にとって、この戦いは国運を賭けた戦争であった。また、戦争史上でも機関銃、トーチカ、塹壕戦など、その後の戦争の形を大きく変えた最初の戦争であった。
 当時、世界最大の陸軍国といわれたロシアと戦端を開くに際しての政府当局、および陸海軍首脳部の配慮と準備、国際社会への配慮など、また戦争開始後も常に終結の時期を模索していた上層部の姿勢は、そうせざるを得なかったという事情はあるにしても、優れていたと思う。さきの大戦開始に至る過程を顧みればなんという違いがあることかと考えさせられる。
 日清・日露戦争に始まり、大東亜戦争(太平洋戦争)で終る約50年間は、わが国にとってまさに戦争の時代だった。しかし、この成功体験こそが後年の不幸の始まりだった。その萌芽は日露戦争に始まっていた。今になってみれば、この時代は帝国主義時代の末期に当り、日本は遅ればせながら列強の植民地獲得競争に参加しようともしていたのだろう。しかし、同時にロシアの南下政策に対する恐怖心も強かったようだ。この戦争は、その後、日露両国の国内事情に大きな影響を与えた。ロシアではレーニンによる共産革命、わが国では普通選挙の採用と軍部の勢力拡大といった形で社会が変わった。山縣有朋は、日本の勝利は限定的であって、いずれ「ロシアの復讐的南下」が必ず生ずると予想し、「日本の勝利はやや長期の休戦」に過ぎないと考えた。彼の予見は的中し、45年後、第二次大戦の末期、敗北が決定的となった日本に宣戦布告した。そして、スターリンはこの戦争を「日露戦争の汚点を雪ぐための戦い」であったと述べたという。




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『映画評 I am Sam.』
片山 恒雄
 2001年製作のアメリカ映画。知的障害のため、7歳の知能水準にとどまっている父親サム(ショーン・ベン)は、出産と同時に妻に逃げられ、ひとりで娘ルーシーを育てながら、コーヒーショップで働いている。聡明な娘は7歳の誕生日を迎える頃、自分の知能が父のそれを追い越してしまう予感から、勉強することに怖れを抱き始める。
 ソーシャルワーカーは、将来の娘の知的成長を危惧して、ルーシーを施設に入れるか養子縁組を進めようとする。 そうなると、父は週に2回しか娘に逢えなくなる。失意に暮れた父は、敏腕の女性弁護士リタ(ミシェル・ファイファー)に無理やり頼んで、娘を取り戻すべく、法廷で争うことを決意する。
 始めはサムを厄介者扱いしていた弁護士も、サムの純粋な心と父と娘の強い絆に触れて、次第に心惹かれはじめる。一方、サムから見れば、リタは目のくらむような高度な知性と知的職業を持ち、幸福な家庭を営んでいるものと思っていたが、実は、夫が隠れて浮気をしており、息子との心の交流も途絶えがちなことがわかったとき、突然リタへのいとおしさが募り、思わず抱きしめてしまう。
 最後は、厳しい検事の追求をかわして裁判は無事勝訴し、それぞれの子供を連れた4人での共同生活の始まりを暗示するところで映画は終わるが、知性と愛情の葛藤をテーマにしたストーリーのなかで、人生にとって一番大切なものは何かを教えてくれた作品であると思う。



 
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