2004年11月15日 VOL.22
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■書評
・『言論統制 ─ 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』 稲田 優
・『介護はしないが遺産は欲しい』 川村 清
【私の一言】『健康十訓』 岡本 弘昭
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『言論統制〜情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』
著者:佐藤卓己 出版社:中公新書
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稲田 優
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陸軍省報道部(1940年以前は情報部)に、情報官・鈴木庫三少佐(後に中佐)という辣腕家が居たという。石川達三の戦後のヒット小説、「風にそよぐ葦」では、戦前の軍部の言論統制の悪役の最たるものとして、“佐々木少佐”が登場するが、その実在モデルは鈴木庫三少佐だとして、広く信じられるようになった。それ以来、鈴木庫三は様々な言論人から“戦前の日本思想界の独裁者”、“小ヒトラー”と恐れられた軍人、としてレッテルが貼られたまま放置されてきた。
鈴木庫三には膨大な著作物があったが、人物研究に資する資料が欠落していた。しかし、著者の史実発掘のあつい熱意と努力が実って、日記類が大量に見つかり、苦学力行して貧農の養家から軍隊の途に入ったことや、日大文学部倫理教育学専攻を首席で卒業したこと、東京帝大文学部陸軍派遣学生となり、教育学に傾倒してゆく様子など、学者の伝記ものを読むより面白いくらいだ。この面だけでも読み応えがある。
鈴木庫三はなぜ、虚実ない交ぜにされて強烈なレッテルを貼られてしまったか、戦後の言論人が「日本思想界の独裁者」を作り上げることで、全員が被害者となるためだった、という著者の検証は説得力がある。現代でも大組織が崩壊した後には、こんな現象が起こっているようだ。
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『介護はしないが遺産は欲しい』
著者:槙村脩平 出版社:日本図書刊行会発行 近代文芸社発売
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川村
清
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著者は太平洋海運元常務。その後家庭裁判所調停委員を8年間勤めて2001年退任。本書は調停委員から見た最近の世相を描いた第3作である。
本書には6編の遺産にまつわる骨肉の争いが取り上げられており、深く考えさせられる良著である。
6編にほぼ共通しているものは、実の子供、嫁、兄弟姉妹が親の死に際して、相続争いをして調停に持ち込むが、それまでに親の面倒をどのくらい親身にみたか、それが遺産の処理にどの程度生かされたかという世間によくある話である。
6編それぞれケースは違うが「ホウ、そんなこともあるのか」と読んでいる当人が驚くものもあるが、やはり納得の行く結末に至るとホットするのは人情かと思う。傑作は第6作で、自分と亡き妻の死に至るまで自分を犠牲にしてまで面倒をみてくれた早死にした長男の嫁を、親しい弁護士と相談をして自分の後妻に戸籍上入れて、冷たい次男、娘より有利な遺産分割を与えるという調停事案である(その時当の主人公は亡くなっている)。映画「東京物語」を彷彿とさせる佳編である。
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