この本の著者は日立化成のビジネスマンとして、シンガポールの会社経営の経験や、米国の会社との合弁会社を設立して社外取締役を経験したのち、委員会設置会社となった日立化成の監査委員会の初代委員長を務め、6年前にリタイアした。
リタイア後に一念発起して米国のビジネス・スクールに留学してMBAを修了したのち、続けて同じUSCのロー・スクールに入学して米国のコーポレートガバナンスを研究した。折しも米国はリーマンショックに襲われ、コーポレート・ガバナンスの見直し機運が盛り上がっていた。
米国では何が課題とされ、どう変革しようとしているのか、留学先のロー・スクールだけでなく全米取締役会等の実業界の内部にまで交友範囲を広げてその時々に書き上げたリポートを1冊の本に収録した、第一級の日米コーポレート・ガバナンスの変革動向比較論である。学問として研究している大学教授や監督する立場の行政官の著書にはない、実務界の悩みに的確にヒントを提供しているところが新鮮だ。
最初に留学したUSCのビジネススクールの名誉教授エドワード・E・ローラーが著者のヒヤリングに応じて“コーポレート・ガバナンスの定義”として語った次の内容が興味深い。
「ステークホルダーとして株主が絶対であるとする狭義の定義と、多様なステークホルダーの価値をバランスさせる広義の定義がある。
アメリカにおけるコーポレート・ガバナンスの定義は、“エージェンシー理論”に基づき狭義に捉えられているのがこれまで一般的だった。(中略)
一方、ヨーロッパや日本では、CSRの観点から社会における共同体としての企業の役割を重視する考えが強く、コーポレート・ガバナンスの定義も企業を取り巻く多様なステークホルダーの価値をバランスさせる広義の定義が一般的である。(中略)
アメリカ企業もこうした世界の多様性を認めて事業を展開して行かねばならない。」。
また一方では、ニューヨーク・タイムズの次のような記事(08.4.19)が紹介されており、かつてのわが国の行政指導以上のことが米国で密やかに行われていることに驚かされる。
「ドラゴン(評者注:SEC)は洞窟の中でこの3年間で不正を起こした50余社と訴追遅延合意(Defferred
Prosecution Agreement)を取り交わしていた。(中略)不正を犯した企業は数億円から週十億円の罰金を支払い、3年間の猶予期間の間に不正再発を防止する内部統制システムの確立を行うことで起訴を免れていた。」。
この本は近年わが国でも導入された独立取締役や監査役ばかりでなく、産官学の関係者の格好の参考書となる。