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2006年12月15日 VOL.72

 

 

『超・格差社会アメリカの真実』 
著者:小林由美   出版社:日経BP社

亀山 国彦 

著者は旧長銀女性エコノミスト第1号。退職後、スタンフォード大学でMBA取得。ウォール街日本人初の証券アナリストを経て、サンフランシスコでコンサルティング、ベンチャーキャピタルに参画、半導体、コンピュータ、ソフトウエア関連企業やM&A、不動産開発業務を行う。日本でもソフトウエア会社経営。

 本書で著者は在米26年の経験を通じて学び取ったアメリカを、社会の階層という視点から、多面的、体系的に観察し、豊富な個別事例の紹介を交え、立体的に浮かび上がらせている。併せて、スタートアップ企業の内部から見た、刺激に満ち、楽しく暮らせるシリコンバレーの事業感覚をダイナミズムの根源として紹介している。

 所得上位5%の所帯が全米の富の60%を握り、トップ20%が84%を押さえている。日本で問題になりつつある格差は「職業選択と労働報酬」の問題で、アメリカの格差は「資産」の問題である。資本偏在と粗末な公共基礎教育が根底にあるアメリカの格差は、解消が難しいと述べている。

 興味ある記述としては
★開拓時代の植民地で最初に財を成した人の中には少なからぬ奴隷商人や海賊がいた。
★富を作ることは悪いことと考える欧州では、特権階級は自分の財産が相続した富であること、家柄を強調する。アメリカではメイキング・マネーこそが良いことで尊敬に値する行為だから、出発点が高かったこと、特権的な階級に生まれたことをアメリカ人エリートは口にしない。
★アメリカが中南米などに「民主主義」を移植する場合、既存の支配構造を「選挙によって選出された政権」に切り替え、さらに「市場主義自由経済」の枠組みとその中で支配層の選挙資金調達の手段を用意する。この結果、時間が経つと政権の腐敗、反政府運動、反米運動が発生する。
★レーガン、クリントン、ブッシュはいずれも大統領選挙資金獲得のため、金持ち優遇政策を取った等である。



 
『蜘蛛の糸・杜子春』
著者:芥川龍之介   出版社:新潮文庫  
鷲 太郎 

 芥川龍之介の作品には、年少者を対象とした短編の作品も多く、本書は、その代表作といわれる“蜘蛛の糸・杜子春”の2編を含む10篇が収録されている。
“蜘蛛の糸”は、地獄に落ちた男がやっと掴んだ一条の救いの糸を手繰り助かりかけるが、最後に自分だけが助かりたいというエゴイズムを出したため、また地獄に落ちるという物語である。
“杜子春”は、仙道を志した男が仙室内に試験を受け、喜・怒・哀・懼・悪・欲の六情には負けなかったが、愛の試験には落第して仙人にはなれなかった物語である。
芥川龍之介は、今昔物語を素材とする“羅生門”をはじめ、内外の伝説等に典拠を見つけ、それに新しい解釈を加える形の作品が多い。“蜘蛛の糸”はロシアの民話、“杜子春”は中国の伝記杜子春伝を素材とする。著者は前者では利己主義の排除、後者では仙人となって愛苦を超越するよりも愛情の世界で生きる重要性を説いている。通常の道徳の重要性が主張されている。
道徳教育が欠如している思われる今日、これらの作品は、多くの人々に再度読まれ子供・孫に語り継がれることを期待したい。

なお、本書には“猿蟹合戦”のその後の物語もある。この物語は、蟹は徒らに目前の名利を追わず、眼を高く掲げて周囲の情勢を判断し、猿に復讐するというものであるが、勧善懲悪をたたえる法話である。
本書によると、その後、蟹は結局、私憤で猿を殺したということで世論に勝てず死刑となり、家族は離散ということになる。人を助けにはいって、あるいは注意して逆に殺されるという殺伐な現代社会にも通じる風刺がある。ここでも通常の道徳の重要性が感じられる。





 

 

 

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『アメリカ便り(12)シュート・ミー・ファースト』
濱田 克郎
フィラデルフィアから車で一時間程の、ペンシルバニア州の東南部にアーミッシュと呼ばれる人々が住んでいるランカスター郡がある。この中にある小さな村でこの秋全米の注目を浴びる事件が起こった。30代の男がアーミッシュの学校(1年生から8年生までが一つの部屋で学ぶ小さな学校)を襲い、女生徒10人以外を追い出して籠城したあげく、女生徒10人全てを銃で撃ち自分も銃で自殺したという事件である。皆頭を処刑されるように撃たれていたという残虐極まりない事件であった。5人は何とか一命を取り留めたものの、5人は亡くなった。
静かな田園風景が広がるこの村にTV各局をはじめ、全米のマスコミが押し寄せた。被害者の家族に“今のお気持ちは”“アーミッシュの人々は罪を許すといわれていますが犯人を許しますか”などと神経を逆なでするような質問をしているレポーターもいる。どこの国のマスコミにもこういう勘違いした輩がいるものだ。子供の死を悲しまない親はいはしまい。
実は驚くべきことに、事件の後まもなくまだ血糊も乾かないうちに、被害者の家族は犯人の家族(学校近くに住んでいる隣人ではあるがアーミッシュではない)に対して赦免のメッセージを届けているし、その後犯人の葬儀にも参列したそうだ。一体どういうことなのだろう。アーミッシュの村には何度か訪れたことはあるが、電気や車などの文明と一線を画し農業を中心とした質素な生活をしている人々ということ以上には良く知らなかった。再度村を訪れ、村人から話を聞いたり歴史を調べてみて、少しわかるような気がしてきた。
ルーツは16世紀のプロテスタント宗教改革に遡る。キリストの受難体験、語録としての聖書を重んじ、教条よりも実践を尊び、権威におもねることなく抵抗もせず、更には政教分離を早くから唱えていたらしい。また、(子供の頃の洗礼ではなく)大人になってから自分の意思で宗教を選ぶ自由を唱えたため、当時の権力にとっては許しがたい異端として火あぶりや打ち首で処刑・迫害され、スイスやドイツの辺鄙な地方に逃れていた人々が18世紀の初めにアメリカに移民してきたらしい。命からがらの逃避行の中でも傷ついた追っ手がいればわざわざ戻って傷の手当てをしてやり、逆につかまって処刑された人もあるという。悲劇的なことでも神が与えた試練として甘受し、相手を恨まず復讐もしないという伝統をずっと大切にしている由。建物としての教会はもたず、信者の家で持ち回り礼拝、職業牧師ではなく村の長老が交代で牧師の役割を果たす。お布施もなければ、地位階級もない。宗教の勧誘もやらない。子供は10代後半になるまでに必要に応じ“外の世界”を経験したうえで、自分の意思でアーミッシュに残るか否かを決めることになっている。政治やカネや地位や欲がからんでいるどこぞの“宗教”とは違うようである。
文明の便利さに毒されないよう電気は使わず明かりはランプに頼り、自動車は持たず馬車を使い、農作業は主として馬を使う。テレビ、ラジオ、パソコン、ゲーム機などはもちろんのこと、電話も家庭にはないが、村のはずれに非常用の電話は設けたり、ミルクの冷蔵用に発電機は使うといったようなギリギリの折り合いもつけているようだ。子供は多く平均7人程度、子供の頃から兄弟姉妹の面倒を見たり、家事を手伝うことがあたりまえ、10代後半になれば女子は家事万端をこなし、男子は農作業の重要な働き手となるのが当たり前という環境で育つらしい。学校で学ぶのは8年生まで。その後は実生活での実践教育。はでな衣服を禁じ質素な身なりでボタンもだめ、野球は楽しむが、競争を禁じているので点数はつけない、困ったときにはお互いに助け合い、納屋を建てるときには村人が協力し合い、政府などからの補助金をもらわないばかりか社会保障も受けないが税金は支払う、といったように現代のアメリカ社会のアンチテーゼみたいな生活をしている人々である。(医療保険に入っていないので銃で撃たれた子供たちの医療費の支払いが懸念されるとのニュースに、あちこちからの寄付があっという間に集まった。)
助かった人の話では、学校の最年長で犠牲者となった13才の女の子が“シュート・ミー・ファースト”(私を撃って。ほかの人は撃たないでの意。)といったそうである。その子の妹は“シュート・ミー・セカンド”といったそうな。あのような非常時でそういえる子供、その子を殺されて許すといえる親。その話を聞いてしばらくは涙が止まらなかった。




 

 
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